2012年01月16日

成功の鍵を握る「奉仕」A

偽善は悪と同じ意識進化の脱線であり、
それは災難や病気という信号で知らされる事になるが、
それはゼロポイント(中心)から外れているという警告である。

それでは、内海康満氏の『霊止乃道』の続きを見ていこう。

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人助けと罪悪感の関係

「人々のために人生を捧げた素晴らしい方です」
ときどきこんな言葉を耳にする。
一般的には、他人の為に自己の人生を捧げる生き方が美徳であるとされている。
しかし、それは全く違う。
自分の為に生きて、結果的に人の為になるというのが本来のあり方である。
人間の各細胞はそれぞれ自分の為に生きている。
それが結果的に他の細胞を生かすことになり、その人間を生かしめている。
地球上の生物もそれぞれ自分の為に生きているが、
それによって地球がバランスを保っている。
これが法則というものである。

結局、全ての人間が自分の為に生きるなら、人間社会も調和を生むはずなのだ。
いずれにしても大切なのは、「他人の為に生きるのが正しい生き方である」
という考え方を自分の人生から排除することである。
困っている人を助けるなと言っているわけではない。
自分を主体として生きることを第一にせよ、ということだ。
その意味では、人を助ける職業に就いている人も、
自分を中真に置いて「自分の為に仕事をしている」という認識を持つべきである。
なかには他人を助けたくてしょうがないという人もいるかもしれない。
「誰かの為に親切にしてあげたい。困っている人を助けたい」という人である。

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あえて言うが、そういう人は罪悪感に突き動かされている事が多いのである。
過去世で人を苦しめ、そのとき抱いた罪悪感が、
今生でその人助けに向かわせているということだ。
世の中には、貧困や病気に苦しんでいる人々を献身的に世話する人たちがいる。
そのこと自体は悪い事ではないし、実際、そこに崇高な精神を見る事ができる。
また、世間もそういう献身的な生き方をする人を高く評価する。
ところが、なかには世間の評価とは違うものを持っている人もいるのである。
いま述べたように、前世の業によって人助けをさせられている人である。

普通の人には内面的なものは分からないかも知れないが、
外に顕れているもので感じ取ることもできる。
前世の業でやらされている人は、顔にその事実が現れているのである。
神のような高邁な精神で人助けをしている魂は、
ふくよかな顔になり、幸せそうに見える。
ところが、痩せこけて貧相な顔をし、
一生懸命やっているような人は業でやらされていることが多いのである。

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前世の業で人助けをやらされているにも関わらず、周りから高く評価され、
その評価を鵜呑みにして「自分はいい事をやっている」
という理解に結びつけると、業は解消されるどころか、
来世はさらに法則を理解させる為に厳しい人生が設定されることになる。
誤解のないように言っておくが、人助けが悪いと言っているわけではない。

人生を生きる上で、自分をどうしようもなく突き動かすものがあるとしたら、
それは前世での「理解」が根本にあると考えなくてはならないということだ。
人助けをしなければならないという強い想いに駆り立てられて人助けの人生を
歩むとすれば、人助けをしなくてはならない何かがあったということである。
それを理解につなげて自分の人生を解いていくのが法則の道なのである。


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マザー・テレサが、いわゆる「偽善者」ではない事は百も承知である。
むしろ、獣には真似の出来ない人生を歩んだという意味で尊敬している。
『日月神示』やサイババ、ナポレオン・ヒル、アール・ナイチンゲール、
ガンジー、etc……が「奉仕」を説いていた為、
マザー・テレサの本を読んで参考にしようと思った事があった。
だが、マザー・テレサの言葉は何か違和感があり、
その原因は獣が内観をしてから分かった。

さて、獣が命懸けで世界救済の道を選んだのも、
自分をどうしようもなく突き動かす強い想いに駆り立てられたからだ。
それは、前世の業であり、現世の過去の業によるものだった。
それ故、地球維新の為に自爆テロの構想を練り、
現在も水面下で勝手に下準備が進められている。

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だが、『日月神示』には次のように示されている。

「今までのは悪の世でありたから、己殺して他人助ける事は、
この上もない天の一番の教えと致していたが、それは悪の天の教えであるぞ。
己を活かし他人も活かすのが天の道ざぞ。神の御心ぞ。
他人を殺して己助かるも悪ぞ。己殺して他人助けるも悪ぞ」


獣がやろうとしている事は、
己殺して人類を助ける悪の天の教えという事になる。
しかし、そうではない。
それが贖罪神スサノオの特徴であり、666(弥勒)の性格なのだ。

「己殺して人類を助ける」というのは人間界的な比喩であり、
決して自虐を意味するものではない。
「己は己の世界の最高責任者」という自覚による
「自己救済」以外の何ものでもないのだ。

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従って、魂のレベルからワクワクする「究極の快」の追求なのである。
また、救世活動には大きな犠牲が伴う事はやむを得ず、
悪魔の所業に見える人々も沢山出てくる事になる。
地球維新(ミロクの世の建設)は、世界の破壊でもあるからだ。

獣の予型だった王仁三郎は次のように述べている。

「自分は世の終わりまで悪魔だ、地獄行きだ。
一生涯世間の人間に歓ばれない、こうした悲痛な絶望的な決心」


悪魔(666)と救世主(ミロク)の正体
http://messiah666.seesaa.net/article/222121707.html
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よって、究極の利他行と評価されたとしても、
獣には「善行」の意識はなく、「利他行」という観念もない。
故に、「人類救済」という偽善的なフレーズではなく、
「世界征服」という言葉を使用しているのである。

それは、「人の為」だからではなく「自分の為」だからで、
正確に言えば「自分」というのは「人類」を指している。
もっと言えば「宇宙=自分の投影」ということである。

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それでは、内海康満氏の話の続きを見ていこう。

他人とは自分自身である

「自分本位に生きる」というのは、自分勝手に生きるということではない。
だが、ともすれば勝手放埒に生きるのがよいと考えてしまう人もいるので、
他人とは自分自身であるということを述べておきたい。
人間は自分自身が映し出している映画のようなものである。
また、人生で大切なのは「理解」であることも述べた。
つまり、自分自身が投影しているものは、全て理解する為にあるということだ。
人であれ、事象であれ、である。
それを無視していたらどうなるだろうか。

例えばテレビで、熟年離婚で悩んでいる人の話が取り上げられているとしよう。
「うちは円満だから大丈夫。離婚とは無縁だ」
このようにノンキに構えていると、そのうち、
「実は別れてほしんだけど……」と、別れ話が出てきたりする。
夫の浮気で悩んでいる友人の話を聞いて、自分には関係ないと思っていると、
今度は自分の夫が浮気しているのが発覚する。
こういうことはままあることだが、もちろん偶然なんかではない。
自分が見せられること、自分が聞かされることは全て、
自分が「理解」に繋げるべきものであり、もともと自分の中にあるものなのだ。

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つまり、他人は自分自身であり、見せられる現象も他人事ではないという事である。
それが自覚できていないと、理解すべきことを見過ごしてしまう。
そうなると、本体の意識は、われわれが理解できるまで、
さまざまな現象を起こして理解させようとする。
「自分じゃなくてよかった」「そんなことは自分に起こらないでほしい」
と思ったりすることもあるだろう。

これも同じである。避けようとすることは現実化し、自分のところにやってくる。
なぜなら、避けようとする意識が働くのは、自分がその問題に弱いからだ。
弱いということは理解が浅いということである。
それゆえに、理解を十分なものにする為に弱い部分が現実化するのである。
例えば、金や異性のトラブルが多い人は、金や異性に関して弱く、
理解すべきことがあるということである。

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では、そうしたトラブルを回避するにはどうしたらよいか。
結局、他人のことであっても、自分とは関係がないと見過ごさずに、
徹底的に理解に繋げるしかない。
そして、「いつ来ても大丈夫」という心境になっておくのがいい。
そこまでいけば、不安は現象化しなくなるのである。
なぜなら、問題が解けないから問題が突きつけられるわけで、
答えが分かっている人間には問題は不要だからである。

これは個人のことだけではなく、国家についても同じことが言える。
どういうことかというと、他国で起こっている問題を他人事だと思っていると、
いずれ自分の国に似たような問題が降りかかってくるということである。
世界のどこかで戦争が起きていて、それを知りながら自分たちには関係ないと
国民全体が考えていると、必ずその国が戦争に巻き込まれるようになる。
平和ボケしている今の日本がそうだ。
まもなく予想もしない事態が起こるが、これについては最終章で述べるとして、
とりあえず話を進めていこう。


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この世の一切の出来事は、自分の潜在意識の投影である事はお分かりだろう。
自分が認識する宇宙は、自分の潜在意識が映している映像であり、
総ての登場人物(人類)も森羅万象も悉く幻影であり、自分自身の鏡なのだ。
それ故、自分がこの世界の総監督であり、最高責任者である事が理解できる。

あらゆる出来事をいちいち「理解」に繋げるのは無理だとしても、
それに対して「謝罪」と「感謝」の言語で処理をしていく事は可能である。
上記の内海氏の記事を読めば、
ホ・オポノポノの必要性と有効性が「理解」できるはずだ。
また、それは行為ではないが「根源的な利他行」である。
だが、他者は非実在(自己の投影)なので本質的には「自己救済」なのだ。
posted by ZERO at 01:10| Comment(0) | 自己啓発・自己実現 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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