2012年01月16日

成功の鍵を握る「奉仕」B

ルシファーの預言書『日月神示』には次のように示されている。

「他のために行ぜよ。神は無理申さん。
始めは子の為でもよい。親の為でもよい。
自分以外の者の為に、先ず行ぜよ。奉仕せよ。
嬉し嬉しの光さしそめるぞ」


人の為は「偽」であり、中心がブレているという話をしてきた。
では何故、『日月神示』はこのような事を説いているのだろうか。
それは、利己的(一般的な意味での「自分の為」)に生きている
多くの人々に対して書かれた、初級編の方便だからである。

「他のために行ぜよ。神は無理申さん。
始めは子の為でもよい。親の為でもよい」


内容的に、明らかに初歩の初歩であり、一種の方便に過ぎない。

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そして、次のようにも示されている。

「小乗の行から大乗の真理を掴むのであるぞ」

この意味は非常に深く、仏教に喩えると、
通説では、小乗仏教は「自己救済の行」で、
大乗仏教は「人類救済の利他行」のように定義されている。
小乗の行から大乗の真理を掴むというのは、
「自己救済=人類救済」を悟るという意味なのだ。

「奉仕」を説く『日月神示』の教えは、
日常生活即行と捉えた場合の「自己拡大」の方法論という訳である。
ただ、それを実践しているだけでは無意味、下手すると逆効果となる。
あくまでも、小乗の行から大乗の真理を掴まなければならない。

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宇宙神霊アーリオーンは次のように述べている。

「自分と自分の身内だけ良ければいいという考え方が、この日本を駄目にした」

「我々プロジェクト要員は、常に他者の為に働く事で
自分を救うという方法を取っている。
つまり両極端に位置するもの同志は、実は隣同志に位置するという
秘密を知っている為に自分と他者の関係も同様に理解している為である。
この位置関係は円筒形にして描き考えると、よく分かるだろう。
中間でどちらの極にも揺れていると、あなたがたが信じている
『中間』は両極のどちらからも最も遠い場所に位置し、
しかもあなた方が信じる両極とは2次元構成上に見る事の出来る範囲での両極で、
実際の両極の位置まで、半分しか至っていない幻の両極で蜃気楼の様なものだ。
砂漠で脱水状態になった人が、いくら手に入れたと思っても、
蜃気楼の泉では手を濡らす事さえ出来ない。
蜃気楼の両極に少しずつ触ったと思っても、
ただの思い込みで、自分の作り出した夢の中の出来事に過ぎない」


勿論、これも3次元の人間に理解しやすいように平たく説かれた、
一種の「方便」である事は言うまでもない。

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『日月神示』には次のようにも示されている。

「欲を、小さい自分ばかりの欲を捨てなされ。
そしてマコトの大深欲なりなされよ。
その気持ちさえ動いてくれば、何事も見事成就するぞ」


獣の21世紀型成功哲学の根幹に「無限の大欲」というものが存在する。
「無我=無限我」であり、「無欲=無限の大欲」となる。
いわゆる「我欲」「利己主義」というのは、
自己が全体から分離した最小単位である為に、
「小欲」という罪を犯しているのである。

小欲でいる間は、他者への奉仕や善行に対して
「利他」という観念が付きまとう事になる。
この説明のアプローチではテーマが変わってしまうので、
続きは別の機会に譲る事にしよう。

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「利己主義」と「利他主義」……簡単に言うと、
右脳が「利他主義」で、左脳が「利己主義」だといわれている。
右脳は真我と直結し、左脳が自我を生み出している事を思えば、
一応そういう事になるだろう。
右脳は「霊主体従」、左脳は「体主霊従」とも言えるが、
右脳的な人は「利他主義」、左脳的な人は「利己主義」だと言われている。
確かに、そのような傾向はあるだろう。

また、左脳で「利他主義」や「愛」というものを分析しても、
それを理解する事は出来ない。
では、右脳と左脳が統合してバランス良く活性化すると、
どうなるだろうか……。
「利他主義」と「利己主義」は統合され、尚且つ、
ゼロポイントの視点で物事を捉える事が出来るようになるのだ。

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成功哲学では、願望や目標の達成を「自己実現」と呼んだりするが、
人生の目的が「真の自己発見」である以上、
真の自己発見を「自己実現」と定義するべきである。
もっと言えば、自己発見によって使命を自覚し、
それを実現する事を「自己実現」と呼ぶべきかも知れないが、
自己発見(真我覚醒)にも段階がある。

自己発見によって意識が拡大し、自他一体〜天人合一の境地に入り
「真の自己=宇宙」という至高体験である。
その自己の概念は、個としての「自己」ではなく、
全体としての「自己」であり、
もはや一般的に言う「自己」を超越したものである。
あくまでも「自己=宇宙」なのだが、
人間界的な表現では「自己超越」と呼べるだろう。

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マズローは晩年、5段階の欲求階層の上に「自己超越」があると発表した。
自己超越者の特徴は、以下の通りとなっている。

1.「在ること」の世界について、よく知っている
2.「在ること」のレベルにおいて生きている
3.統合された意識を持つ
4.落ち着いていて、瞑想的な認知をする
5.深い洞察を得た経験が、今までにある
6.他者の不幸に罪悪感を抱く
7.創造的である
8.謙虚である
9.聡明である
10.多視点的な思考ができる
11.外見は普通である


自己評価では、獣は11以外は全て当てはまっている(笑)

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また、自己超越者の辞書には、
「人の為」や「利他行」の文字はないと言えるだろう。
マズローによると、自己超越に達している人は人口の2%程いるという。
という事は、100人中2人は自己超越に達している事になるが、
果たして、そんな高い割合で存在しているのか疑問である。

だが、今年から自己超越者が続々と誕生するだろう。
このブログによって……(笑)
そして、ミニロゴストロンによって……(笑)
ネオデジタル内観や飲尿も、
自分なりに取り組み始めている人が増えてきて、
誠に嬉しく、そして感謝の気持ちでいっぱいだ。
獣の世界征服は絶好調である。
posted by ZERO at 01:16| Comment(0) | 自己啓発・自己実現 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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