2012年08月18日

自己変革と宗教破壊

16日、癒しフェアで配布されていた本も100円で売れた。
内容が前回紹介した本とシンクロしていたので紹介しておきたい。


『今すぐ幸せになれるスピリチュアルヒーリング』

DSC_3204.JPG

本来の自分に戻るという視点は、あちらからのもの。
ここに這いつくばっている私たちから見れば、成長していって、
あちらに自在に手が届く状態になることにほかなりません。
ここに癒しの鍵があると思います。
全体性を取り戻す癒しは、自己成長なのです。
それもいきなり「本来」に飛んで行ったきりになるのではなく、
這いつくばっている「ここ」を忘れない視点、
「ここ」という現実が必須なのです。
自己成長と書くと難しい印象を持ってしまうかもしれません。
でも、なんのことはない、「ここ」が始まりです。

自分が置かれている現実を踏まえ、生活のベースとなるものを
しっかりと意識化したりつくり出したりすることなのです。
そうやって嘘偽りなく自分と向き合い、
深い意識でその作業が行われたとき、私たちは「魂が癒された」とか、
「スピリチュアル的に磨かれた」というのではないでしょうか。
本当の癒しを起こすには、過去世や守護霊といった
神秘的なものばかりを見ていても叶わないのではないでしょうか。
それらはただの道具であって、自分のあり方を見つめ直し、
スピリチュアル的に成長することそのものではありません。

友人のヒーラーや私の体験では、
ヒーリングを受けてもすぐに戻ってしまう人がけっこういます。
現実を忘れ、意識の底に降りる地道な作業を怠った場合に起こりがちです。
オーラがきれいになったとか、カルマが解消されたというのは、
何もオカルトチックな手法を使うのではなく、
自分がどれだけシンカしていくか、なのでしょう。
意識が深化とともに進化し、そして新化され、自己の真価に目覚めるのです。
真の自己成長を遂げることで、私たちは視点を変えることができます。
というより、視点や価値観は自ずと変わらざるを得ないでしょう。
意識の深いレベルで変容が起こったとき、
魂が癒され、より広くて深い価値観の創造が起こります。

取材したPHスタッフやヒーラーの皆さんが、口々に
「エネルギーでこんなに変わるということを目の当たりにし、
それまでとは違う価値観の世界に出会った」と体験を語ってくれました。
登山中で苦しんでいた自分を、より頂上に近い場所から眺め、
何が問題だったのか、どこにいけばいいのか見渡せるようになったのです。
やみくもに進めばオーケー、ただ時を経ればいいというのではありません。
使う道具を選び、ルートの安全性を確かめながら
登ってきたからたどり着けたといえるでしょう。

そして印象的だったのは、皆が同じように、
「人を幸せにすると自分に返ってくる」と言っていたことです。
「与える」と「受けとる」は同じという宇宙の法則を、
彼らは身をもって知っているのでしょう。
エネルギーを使いこなして人生の波に乗り、全能感や至福感を味わって
「全体」としての自分を知ったとき、人はそれを外の世界へ広げていきます。
光がただ光であること、光を放つことで、辺りを明るくしていくように。
彼らは「与える」ことに価値を見出せる山に登ったのです。


「人を幸せにすると自分に返ってくる」という見方は、
自他の分離観念から生まれた人間的な発想であり、
少しツッコミを入れようと思ったが、
「与える」と「受けとる」は同じということも書かれている。

Lpage4-7-1312230745.jpg


また、次のようなことも書かれている。

今でも覚えているのは、ダライ・ラマのこんな言葉です。

「あなたが感覚を持つ全てのものへの愛と哀れみ、
特に敵への哀れみをもつこと、それは真実の愛であり、哀れみです。
友人や妻や子供に抱く種類の愛は、本来の優しさではありません。
それは愛着です。それは絶対ではないのです」


反キリ1で、「愛」について熱筆したことがあるが、
ダライ・ラマの語る愛も獣の主張と同じである。
本当の愛は万人平等に与える太陽の光と同じであり、
著者の天宮華蓮氏はその事を悟って次のように述べている。

「これまで私が体験したスピリチュアル世界での多くの出会いに、
心からの感謝を捧げたいと思います。
それらは仮に反面教師になったとしても、必要なものを提供し、
私の内的世界をサポートしてくれました。
何が良くて何が悪いというのは、本当はないのです。
皆が、それぞれの役割や目的にそって人生を送っている。
そんなふうに懸命な他者を批判したり
傷つけたりできる完璧さも権利も、誰も許されていません」


karum.jpg


例えば、他者批判は自我の働きだが、
自我が強い人は肩に力が入って肩凝りになるという。
上半身は絶対的に弛緩状態にしておく必要があるが、
それについてのアドバイスも書かれている。

「体がゆるめばゆるむほど、心がゆるみ、自分の中の枠もゆるんでいきます。
ピンと張り詰めていた自分の境界線がゆるんでくるほどに、
そこに他の人や物を受け入れるスペースができてきます。
それまで受け入れがたかった人や事件や記憶や、自分自身−−
そういったものをどんどん招き入れられるようになるでしょう。
そうしているうちに、どんな悩みであろうと、怒りであろうと、
悲しみだろうと、それも自然とゆるんでいきます」


腕振りや首回しなどの体操も行なうと良い。

45757.jpg

また、次のようにも書かれている。

「新しいスピリチュアリティの時代を迎えつつあります。
スピリチュアリティとは、超自然的なものとの繋がりを感じて、
生活のもととなる価値観や概念を培っていきます。
それは宗教的ドグマ(教義)などに頼らず、
大いなるものとの個人的つながりを回復すること、
高い霊性や悟りをめざすことといえるでしょう。
けれども、私たちの周りで 最近、注目されているのは
霊魂や神秘現象を信じたりするスピリチュアリズムです。
このスピリチュアリズムとスピリチュアリティを
同じように考える人がいるかも知れませんが、厳密には違います。
好奇の目にさらされがちなスピリチュアリズムを、
スピリチュアリティという普遍性の高いものに成長させること。
これまでのドグマ的なものではなく、
新しい価値観を創造できるレベルへと洗練させること。
時代はそのプロセスに入っています」


これはまさに、獣が言う「宗教破壊」に通じるものである。

イメージ画像
51VK41RBRXL__SL500_AA300_.jpg

宗教破壊とは、ただ単に宗教団体の壊滅を意味するのではない。
「宗教法人」という法人格など問題ではなく、
世の中の多くの宗教的な団体・宗教疑似団体も含まれる。

また、団体ではなくても、スピリチュアル系・精神世界系の多くが、
偽善的ビジネスであり、その内容の多くは迷信・虚偽・まやかし・
妄想に満ち溢れていると言っても過言ではない。
インチキ霊能者や低級霊能者も蔓延しており、
それを信じてしまう人があとを絶たない。

宗教破壊とは、要は「信仰の破壊」である。
各人の信仰がなくならない限り、宗教はなくならないからだ。
信仰とは「信念」と「執着」であり、
それらの迷信の世界に逃避・執着する人々が、
己が魂の意識(真我)に目覚めるのはいつのことだろうか。

「真の信仰に入ると宗教に囚われなくなるぞ。
真の信仰に入らねば、真の善も真の信も真の悪も真の偽りも判らんのぢゃ」

(日月神示)

img-1.jpg

どの宗教にも、「本尊」なる偶像や象徴物が存在するが、
その存在ゆえに内なる神である真我に目覚める事が出来ない。
それは魂が抜き取られているのと同じような状態であり、
外側に目を向けている限りは悟りを開くことは不可能なのだ。

「形ある物は滅びる」というのが物質界の法則であり、
その滅びる物体を「真我」だと説いているのが宗教だが、
物質が実体ではないことは最先端の科学が証明しており、
その実体である「波動」すらも内側の投影に過ぎないのだ。

そうやって、人類の意識進化を妨げてきたのが宗教だが、
もちろん、それも必然・必要・ベストで、
しかも自分が映し出していることである。
それを認めて反省と謝罪、感謝をした上で、
日本人の意識進化の為に宗教破壊することが獣の使命なのだ。

024-f4463-thumbnail.jpg

最近、色々な人と出会う中で、熱心な宗教家がいた。
宗教に入っている目的を聞くと、「幸福になる為」とのことだった。
幸福とは何かと質問したが、その質問は獣の方から撤回した。

人それぞれ幸福には様々な形があるからだが、
大抵は自分や家族の健康、物心両面で豊かな生活ができるように……
というような現世利益のお蔭信仰をしている人が多い。

宗教、特に仏教というものは、もともと苦から脱却する為に
釈迦が説いたものなので、病苦や貧困苦から逃れて、
健康で豊かに暮らす為に宗教が存在するという見方も出来なくはない。
が、幸福というものは、苦から脱却した時の心の状態を指すものである。

病気が快癒して経済的に豊かになっても、それは新たな苦悩の始まりとなる。
まず、釈迦が説いたのは、輪廻の解脱による苦からの脱却である。
その為には、煩悩や執着を断ち切らなければならない。
宗教に何かを求めることは、幸福から遠ざかることだと分かるだろう。

自分の~1.JPG

信仰による信念の力で、難病が治癒したり社会的に成功を収める人もいるが、
それは真の幸福ではなく、輪廻の解脱や真我覚醒とは何の関係もないことである。

昨日、たまたま届いた原アカデミーの資料にも、同様の事が書かれていた。

「一見して成功者に見えても心の中はいつも不安定だったり、
葛藤を抱えていたりする方は多く、経済的に恵まれていたり、
この世的に成功しているからといって、
必ずしも心の平安や幸せとは関係な物です」


51xfPFXITcL__SL500_AA300_.jpg

今まで何度も繰り返し書いてきた通り、前述の引用でも書かれている通り、
「幸福になりたい」という願望は、今を感謝できていないからであり、
「今、幸福ではない」という認識の上に成り立っている不満である為、
それが実現し続けるというのが潜在意識の法則なのだ。

また、教義を学んで人格や霊格の向上に努めようという動機で、
宗教に興味を持って入信するという人もいるだろう。
それは「善人になる努力をする」という生き方であり、
教義を学んでも二元の感覚や認識が強まるだけで、
中真感覚から外れて真我の目覚めから遠ざかってしまうのだ。

cache_wedesign_409904_1_400x400.png

その宗教家曰く、「強くなりたい」ということだった。
それも願望で、「なること」を目指す世界だが、
宗教団体は信念を持った集団の団結力なので、
ある意味においては強いものだと言える。

だが、本当の強さは柔軟であり、究極の「無力」でもある。
「強い・弱い」という二元の世界を超えた中真の不動心こそが、
「真の強さ」だと獣は思っている。

2688da88.jpg


『今すぐ幸せになれるスピリチュアルヒーリング』の続きを見てみよう。

「人もモノも深い根っこの部分で、皆つながっている」
佐々木さんが、そんなふうに力説するのには理由がありました。
大事故で急死に一生を得た彼は、その際に不思議な体験談をしています。
レスキュー隊員に救出されたとき、
「今日は非番なのに呼び出されてツイてない」
と思っているレスキュー隊員に自分がなりきっていた……というのです。
「仮に、『事故に遭ってざまあみろ』と思われても怒る気にはならない。
そう思っている本人になるわけだから。
同じように、事故を見に来た野次馬のひとりひとりにもなっていた。
ひとり何役も同時にやっている感じだね。
そして、怪我をしたこの私が自分だけど、周りのこの人たちも自分。
自分も他者も境界線がないとわかりました」


分離観念を克服すると、このような自他一体の境地を体験する。
日常的にそのような認識で生きることは出来ないが、
何度もそのような神秘体験をすると、そのことが分かっているので、
日常の意識レベルや感覚もそのようになるのだ。

内海氏も「他人とは自分自身である」と述べているが、
その感覚を当たり前として生きるようになるのである。
http://kemono666.seesaa.net/article/246171766.html

123399240_93457ef9f3_b.jpg

ある精神病患者が、自分は「イエス・キリスト」だと思い込んでいた。
生まれ変わりや精神的な意味合いではなく、
聖書に登場するイエス本人だと本気で思い込んでいたという。
その治療法として、その男の身長と両腕を広げた寸法を図り、
男の前で木材を切って十字架を作り始めた。
処刑されることに気づいた男は、慌てて自分の名前を思い出し、
妄想が解けて一件落着となったそうだ。

だが、本質論から言えば、男の主張は正しかったのである。
例えば、汝もイエスであり、モーゼであり、アダムとイブでもある。
汝の父母と汝も同一人物である。
歴史上の全ての人物、現在の70億の人類、
そして未来の人類も汝自身であり、人々が信仰する神仏も汝自身なのだ。
自我でそう思い込んでいれば狂人だが、
本質的には自分以外の人間は存在しないのである。

イメージ画像
ecdataimage。.jpg

人間だけではない。
近年、スピリチュアル系で「ワンネス」という言葉をよく耳にする。
「全ては一体」という意味だが、ワンネスを説いている人のどれだけが、
実際にワンネスを体験しているのだろう。

換言すれば「宇宙即我」という意味だが、
獣は体外離脱で宇宙空間を浮遊し、
幽体も霊体も消滅して宇宙空間に溶け込み、
「自分=宇宙」という体験をしている。

故に、宇宙万物の一切が自分だと知っている。
地球上の木々や動物や虫けらも自分自身であり、
マンホールの蓋もコンビニの陳列商品も、
火星も土星も総ては自分自身なのだ。

350px-Pleiades_large.jpg

日蓮が説いている通り、宇宙は「事理一体」であり、
オコツトが言う通り、思考によって悟りに至るという話もある。
確かに、理論的に説明が出来て初めて確信に繋がると言える。

理論的に説明すれば、万物は素粒子によって構成されており、
空間にも素粒子が充満している。
素粒子は常に粒子ではなく、波(波動)に還元されたり、
粒子になったりを繰り返している。
つまり、宇宙は境界線のない波動(エネルギー)なのだ。

素粒子に意識があることは量子力学で認められつつあることを思えば、
宇宙は1つの意識であり、大宇宙そのものが巨大な生命体なのだ。
それが「究極の真我(真の自己)」であり、
それが様々な形として顕れている為に、
肉体を持つ人間は分離観念を持ってしまうのである。

18d37b38.jpg

だが、そのワンネス(宇宙即我)もまだ浅い悟りである。

その前に少し余談を挟むが、本屋で中丸薫氏の本を立ち読みすると、
「禅の無やスピリチュアルで言うワンネスは、クリエイティブがない」
と書かれていた。

クリエイティブとは「創造性」という意味で、確かに中丸薫の主張は正しい。
原初の宇宙は、創造(進化)の為に分裂を繰り返してきたからだ。
だが、ヨグマタは「ワンネス」と「クリエイティブ」の両方を説いている。
獣から見れば、中丸薫はワンネスを体験しておらず、
ヨグマタは少なくとも獣レベルの悟りを得ていることは間違いない。

もりけん氏は中国での仙人修行で、
個を保ったまま天人合一(宇宙即我)を体験したそうだが、
獣が体験したことも全く同じである。
ワンネスだが個々の個性が残るから、クリエイティブが広がるのだ。

天使2_~1.GIF

さて、宇宙即我(ワンネス)が浅い悟りだと述べたが、
それは「自分」という人間の外側の大宇宙との融合に過ぎないからである。
獣は体験離脱して霊界に逝き、肉体の外側から戻ってくることもあったが、
霊界探訪がいつの間にか明晰夢になっていて、
内側から肉体意識が戻る経験を何千回も繰り返している。

それで分かったことは、肉体の内側と外側は繋がっている、
つまり「内側=外側」ということだ。
イコールで表現するのは短絡的だが、その他の様々な体験により、
内側が本質で、外側が投影であることが分かってきた。
つまり、宇宙即我(天人合一)というワンネスの体験は、
外側の投影の世界での出来事なのだ。

そこで、オコツトが言う
「宇宙がミクロコスモス、人体がマクロコスモス」という話と、
空間物理学研究家のコンノケンイチの「裏返しの宇宙論」を理解すると、
人体と宇宙の関係と構造が理論的に理解できたのである。

050218_burst_space_02.jpg

話が飛躍してしまったが、続きは長くなるので機を譲るとして、
前述の宗教家曰く、自分はその教団と一体であり、そのものだという。
それは自我でそのように思い込んでいるだけで、自他一体とは異なる。
それが間違った信念・信仰である理由は、
真の自己(本尊=本当の自分)を知らないからである。
誤解のないように言っておくが、決してその人を揶揄しているのではない。

真の自己は外側に存在するものではなく、
その教団と一体であるという信念が対立や不調和の原因となる。
何故なら、「自他一体」ではないからである。

「真の幸福」と「最強の心」を獲得する方法は、
真の自己(真我)に目覚めることである。
「獲得」というのは一つの比喩的表現であり、
タマネギの皮を剥き終って最後に残る「空」が、
真の自己(真我)であり、宇宙の根本原理なのだ。

imagesCA2Q0YEG.jpg

それでは少し続きを見てみよう。

世界的な活動をしている、あるスピリチュアルティーチャーの
印象的な言葉があります。

「宇宙に毎日、同じことをお願いする人がいます。
お願いされたほうはどう思いますか?
きっとこうでしょう。
一回で充分よ、何度も聞かされなきゃいけないほど
私たちが無知だと思ってるの?私たちを信頼していないの?」


これも獣の「21世紀型成功哲学」と一致している。
願いが叶うまで何度も祈り続けるのは、欲望と執着の固まりである。
祈り続けて願いが叶ったとしても、
それは念の力によって幽界の作用が働いたからである。

4494fdf148335e9230b9-LL.jpg

また、自我の願望は、叶ったら不幸になることが多い。
祈るだけでは祈り地獄なので、人間としての努力も必要ということで、
色々と計画を立てて努力する人もいるが、それも自我による愚行である。
人間はただ直感に従って動くだけが正しい。

老師の「願わなければ叶う」という話を覚えているだろうか。
欲望を手放した時に、高次元と繋がって願いが叶うという原理である。
ヨグマタも、『心を空っぽにすれば夢が叶う』という本を出している。

無題、、.png

もりけん氏も同じ理論を説いているが、願望実現の方向性を定める為に、
最初に一度だけ願望を持つ必要があるという。
それは当然のことで、願望がなければ実現も何もない。
「願わなければ」とか「心を空っぽにすれば」というのは、
「願望を手放せば」という意味なのだ。

それが叶うべきではない願望なら叶わないが、
叶っても良い願望でもすぐに叶うとは限らない。
それは流れというものがあるからで、見通しの神から見て、
ベストなタイミングで実現するようになっているからだ。
また、大願であればある程、時間が掛かるのは当然である。

img_129340_13891928_0.jpg

立花大敬氏は、目標を繰り返し書くことを説いているが、
それには次のような理由がある。

『目標を立てたばかりのときは、ブレるんですね。
繰り返し言葉にすると、目標がだんだんはっきりしてきます。
それで目標がピシッと定まったら、あとは忘れる方がいい。
というのは、実現までのシナリオ作りは「心さん」がやってくれるので、
そこにあれこれ考えて「手出し」すると、邪魔なんです。
ピシッと定まったら忘れて任せる。
はっきりしない間は繰り返し念じた方が良い、ということです』


目標を立てる、忘れる
http://kemono666.seesaa.net/article/239647826.html

イメージ画像
1102990652.jpg

人間の脳の中身は煩悩で煩雑になっているので、
まず「ブレインダンプ」で書き出す(掻き出す)ことである。

アンリ式ブレインダンプ
http://world888.seesaa.net/article/166484879.html

頭の中を整理して空っぽにしたら、
必然的に目標が定まってくるはずだ。
だが、脳波がベータ波(日常の意識状態)では意味がない。

天才発明家だった政木和三氏が受けた啓示によると、
「神仏は人間の願いを叶えないが、実現したいことがあれば
過去完了形で実現したことを思え」
という。

それも、腹式呼吸と瞑想で脳波をシータ波にした状態で、
過去完了形で実現したことを決定し、あとは天に任せて、
願ったことを完全に忘れ切ることが大切だという。
「忘れる」ということは欲望と執着を手放すことであり、
これを「積極的な諦め」という。

200809220029.jpg

もう少し、要点を紹介しておきたい。

癒しを謳ったり、魂の成長を説いたり……。
世の中には、沢山のスピリチュアル情報が溢れています。
けれども、自殺者は交通事故死亡者数を上回る3万人超と報告され、
一生のうちにうつになる人は十数人に一人といわれています。
引きこもりや不登校児となると、その数は13万人にものぼるとか。
「魂を見つめよう」とか「体も心も癒そう」とか大ブームのはずなのに、
最もそれを必要としている人々にはきちんと届いていないのかもしれない。
そう考えると、この世をあげてのスピリチュアルブームは砂上の城。

スピリチュアルな世界を20年ほど覗いてきた私にとって、
それはあまりにも悲しいことです。
そんなとき、TDEというエネルギーを知りました。
私は自分の生活がさらにバランスがよくなるのを実感しました。
身体的に、感情的に、人生の流れに乗ったかのような人との出会いや出来事……。
それまでのヒーリングエネルギーやスピリチュアルワークとは違っていたのです。
現実の変化を目に見えるように促し、人生への自覚を深めてくれるエネルギー。
私は、他のスピリチュアルものでは得られなかった可能性をTDE に感じました。

誰でも手軽に使える効果的なエネルギーはないものかと、常々思っていました。
「ヒーラーや霊能者に頼ることなく、
誰もが自力でエネルギー調整できないだろうか」と。
そして、TDE を知れば知るほど、
「これを探していたんだ」と確信にも似た歓びを抱きました。
TDE は単なるありがたい宇宙エネルギーではありません。
実生活をよりよくするために、使う人がデザインできる汎用性の広いものです。

そういった点からも、これからの時代にふさわしいエネルギーと判断しました。
私が「使えるヒーリングエネルギー」と呼ぶこのTDE を、
ぜひ体験して下さい。添付されたCDをかけるだけ。
それだけで、私の驚きを同じように味わっていただけるでしょう。
私が体験したように心が落ち着いたり、体が楽になったりするかもしれません。


LightBodyAll.jpg

「難病の人たちが治っていくんです、TDE で。
治るんだから難病とはいえないですよね」
と笑う小林さんは、サロンに飾られたひまわりのように、
周りを明るく元気にするのでしょう。
その後、小林さんにヒーリングをしていただきました。
TDE 式調整法を受けるのは初めてだったので、少しドキドキ。
体にエネルギーを流すだけでなく骨格を動かすものと思っていたので、
整体に似ているのだろうと踏んでいました。
ところが、それ以上のことが起こっていました。

小林さんは体にはふれず、雑談しながらエネルギーを流します。
頭部が終わり、体になった途端、私の指先や腕が勝手に動き出しました。
エネルギーに反応して、自ら調整している感じです。
気がつくと噛み合わせが楽になっています。
横になっていてもわかるくらい、それは自然な感じに。
施術前にはキツかった首の回転がスムーズになり、
体の中心軸もしっかりしています。
前屈しても10センチほど離れていた指先が、ちゃんと床についたのです。
カイロプラクティックに行きなれている私ですが、あの短い時間で、
しかも体に指一本ふれることなくこんなに改善されるとは!


signm.jpg

これはなかなか興味深いと思った。
そして、次のように書かれている。

『私たち人間は、宇宙や神から尊いものをただ受け取るのではなく、
自ら創造性を発揮し、恩恵を使いこなしていきます。
そう、まさに「使えるエネルギー」が本格化する時代なのです』


本に挟まれていた案内カードを見ると、
8月17日に参加費無料のエネルギー体験実習があった。
是非とも参加しようと思ったが、よく考えると、
17日はヨグマタの無料講演の予約をしていた。
優先順位からすると、この流れは正しいのだろう。
posted by ZERO at 20:23| Comment(0) | 自己啓発・自己実現 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。