2012年08月22日

雲南・松江・安来の御用(2012.7.22)

島根3日目の22日の朝も温泉に入り、ペットボトルに水を汲み、
エゾガラスに借りてもらったレンタカーをハイジャックして、
雲南市〜松江市〜安来市の神社巡りの旅に出た。

車を運転すると、肉体意識(自我)が強く働く。

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御用アイテムとして、直感に従って、
出雲大社と住吉大歳神社と船岡山の石を持って来た。

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まずは、スサノオがヤマタノオロチを退治したという
斐伊川の上流に向かった。

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ヤマタノオロチ退治の真相は、
氾濫する斐伊川の治水工事の比喩だという説があるが……
http://kemono666.seesaa.net/article/287573660.html

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獣は本当は、日本史や日本神話に興味はない。

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27歳の頃から、何故かそれを研究させれる流れになり、
仕方なく……である。

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スサノオやヤマタノオロチなど全く興味がなかったが、
小学校3年の頃、学校の図書館で借りた本で、
出雲の斐伊川の写真を見て、凄く胸が躍動したのを思い出した。

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斐伊川の畔でヤマタノオロチ退治の型示し(八つ斬り)をした。
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そして、その近くの八本杉に行った。
http://kemono666.seesaa.net/article/284300267.html
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506円が供えられていたので貰おうと思ったが我慢した。

数秘術ゲマトリアでは0は無視するので「56」となるが、
撮影した時間も10時「56」分だった。
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山本五十六も「黙示録の獣」を演じた人物だが、
獣は56のシンクロが多く、五十六の顔も懐かしく感じる。

ここでもヤマタノオロチ退治の型示しを行なった。
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次に、斐伊神社に行った。
http://kemono666.seesaa.net/article/284316295.html
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この神社の注連縄も太かった。

ヤマタノオロチを退治した獣は、草薙の剣を手に入れた。
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次に、伝説の須我神社に向かった。

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念願の須我神社が見えてきた。
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須我神社に降臨した。
http://kemono666.seesaa.net/article/284317743.html
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ここでも、どこかの神社の石と交換してきた。

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次に、須我神社奥宮がある八雲山に向かった。

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八雲山に到着し、須我神社の奥宮に登った。
http://kemono666.seesaa.net/article/284321266.html
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出雲大社で拾った三角錐の石を祠に祀ってきた。
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次なる行先は……

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目的地の駐車場に到着
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出雲だけに鉄分を含んだ石
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正確に言うと、ここからは松江市である。

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出雲国一之宮の熊野大社(祭神:スサノオ)
http://kemono666.seesaa.net/article/284327884.html
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和歌山の熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)が
日本全国に約3000社ある熊野神社の総本社だとされているが、
「熊野」はスサノオの別名なので、ここが熊野大社の発祥である。

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和歌山の熊野はヤタガラスの巣窟であり、
なぜ「スサノオ」を祀っているのか謎だった。
やはり、出雲の祟りを恐れていると同時に、
出雲族の霊力を利用する為でもあるのだろう。

但し、「スサノオ」という名称では祀っていない。
また、熊野三山が全国の熊野神社の総本社というのも、
ヤタガラスによる欺瞞だと言わざるを得ないだろう。

熊野大社でも石を1つ貰ってきた。
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やはり、熊野大社の神社も注連縄が太かった。
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摂社の荒神社の祭神も「スサノオ」だった。
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恐らく、スサノオの荒魂(惡王子)が祀られているのだろう。

その祠の下に、出雲大社の石を置いてきた。
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熊野山麓にある熊野大社に行った。
熊野山の磐座にスサノオが葬られており、
現在でも毎年元宮祭が行われている。

奈良時代に出雲大社ができるまでは、出雲国最大の神社だった。
和歌山の熊野三山を始め、全国に三千数百社ある熊野神社の発祥が、
この八雲村の熊野大社である。

この熊野大社には、スサノオが発明したと伝わる、
木をすり合わせて火を起こす発火器が遺っている。
スサノオは発明家だったのだ。

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次に、忌部神社に向かう道中に、
島根にも「船岡山」があることを地図で知り、
寄る予定だったが、ウッカリ忘れていた。

そして、「真の闇帝王」である忌部の里に行った。

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必然的に忌部神社に降臨。
http://kemono666.seesaa.net/article/284332546.html
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忌部氏は、日向族の実権を握り、
アマテラス(女王・卑弥呼)を影で操っていた義弟たちである。

出雲族がイスラエル10支族の末裔であるのに対し、
日向族はユダヤ人の末裔だというのが獣説だが、
忌部氏はユダヤ教のレビ族だったと思われる。

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忌部氏は同族の渡来人である賀茂氏(原始キリスト教のレビ族)
と協定を結び、出雲族を封印すると同時に、
天皇家を裏から支配し続けているようである。

何故、出雲に忌部の里があるのかと言えば、
出雲には「三」のつく地名が多いことからも分かる通り、
日向族に占領されたのだが、その証拠は、
史実と少し事なれど「国譲り神話」を見れば明白である。

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拝殿にカラスの羽根を投げ飛ばした。
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忌部神社の注連縄も太かった。
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鳥居と注連縄は封印の型だが、
忌部神社にも鳥居と太い注連縄があるのは何故なのか。

そう言えば、出雲大社の注連縄が太いのは、
出雲族を強力に封じ込めているのだと思っていたが、
よく考えると、出雲大社の主祭神は、日向族系の大国主である。
鳥居と注連縄には、実は別の意味もあるのだ。

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忌部神社前にて、忌部神社に向かって……
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もちろん、この日も快晴だった。
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宍道湖
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黒住教松江大教会所・宗忠神社分社
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松江城
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そして、八重垣神社に行った。
http://kemono666.seesaa.net/article/284367905.html
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神社とユダヤ教の神殿には多くの共通点があるが、
飛鳥説によると、ソックリそのまま同じ構造で、
鳥居はカバラ的に絶対神ヤハウェである。

鳥居撤去によるアカシックの修復
http://messiah666.seesaa.net/article/215786811.html

スサノオ・クシナダヒメ・アマテラスなどの壁画で有名。
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拝観料を払うと貰える小冊子
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やはり、八重垣神社の注連縄も太かった。
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飛鳥昭雄氏によれば、注連縄は「雷雲」を象徴し、
注連縄から出ているジグザクの白い紙は「稲妻」、
拝殿で鳴らすドラや鈴は「雷鳴」を表しているという。

そのルーツは幕屋(モーゼの時代の移動式神殿)にあり、
『旧約聖書』によると、幕屋にヤハウェが現れる時には
必ず雷雲が出現し、幕屋と雷雲は切っても切れない関係にあった。

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次に、神魂神社に向かった。
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1.1kmの道程だが、対向車が来たら終わり……
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騎馬系弥生人をモチーフにした埴輪があった。

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運転しながらの撮影の為、ピンポイントでの撮影が難しい。

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神魂神社に降臨した。
http://kemono666.seesaa.net/article/284369398.html
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本殿の鳥居はやはり太かった。
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次に、安来市に向かった。

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そして、富田八幡宮に行った。
http://kemono666.seesaa.net/article/284669965.html
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石段を降りるともう1つ鳥居があり、
そこにスサノオを祀る「須賀神社」があった。
http://kemono666.seesaa.net/article/287888016.html
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スサノオのマスクを被った。
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境内に、住吉大社の大歳神社の石を埋葬した。
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次に、出雲大社に向かった。

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何故、再び出雲大社かというと、
細川大将軍の側近の大佐と待ち合わせをしていたからだ。

経緯を話すと、去年の祇園祭、大佐も参加する予定だった。

当時、大佐から届いたメール
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ところが、大佐は家の事情で急に来れなくなった。

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それで、今年の祇園祭は大佐も来れるか将軍に確認すると、
大佐は家の事情で出雲に住んでいるということだった。

偶然にも、獣も祇園祭の後に出雲に行く予定だったので、
そのことを将軍に伝え、将軍から大佐に伝えてもらい、
22日の17時以降に出雲大社で集合することになった。

大将軍からのメール
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だが、大佐は現在、携帯電話を持っていないらしく、
大佐からメールはなく、獣も大佐のメアドを知らず、
直接 連絡を取り合っていなかった。

御用の巡幸で少し時間が遅くなってしまい、
17時を過ぎてしまったが大佐から連絡はなく、
気になったので仲介人の将軍にメールした。

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17時18分になり、初めて大佐からメールが届いた。
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そして、次のように返信した。
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だが、大佐からの返信はなかった。

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とりあえず、予定の御用を終えて、出雲市駅に向かった。

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時速80〜100kmで公道を走行しながら宍道湖の夕陽を撮影していた。

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宍道(しんじ)湖は、谷村しんじシンクロでもある。

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「八」はスサノオ及び出雲族の象徴数だが、
「六」という字は八を封印した形を表している。
宍道湖の「宍」は六を更に封印しているかのようだ。

ウ冠を取れば「六道」だが、
京都一発目の「六道之辻」からのシンクロである。

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着陸する飛行機も狙って撮影
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釈迦やサイババによると、
夕陽を見て「美しい」と思うのも心の汚れとなる。

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写真を撮影するという行為も執着であり、
景色が美しいと思って撮影した獣は、
まだまだ修行が足りない為、8月5日に携帯が神隠しに遭った。

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前の晩も寝ていなかったので、たまに睡魔に襲われ、
運転しながらムービーを撮ったりメールをしたりして、
何度か対向車とぶつかりそうになった。

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レンタカーの返却時間は店が閉まる19時だったが、
戻って来たのは19時31分だった。

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駅に行ったが大佐らしき人物は見当たらなかった。
大佐から返信がないということは、
獣のメールを確認せずに出雲大社に向かったと判断し、
将軍に次のようなメールを送った。

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将軍も大佐と連絡が取れず、出雲大社に行っと思うとの事だったが、
出雲大社に行っていたとしても、流石にもう居ないだろうと思った。

また、もしかすると出雲市駅に向かっている可能性もあるので、
20時過ぎにエゾガラスと出雲市駅前の居酒屋に入った。

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飲み放題コースで急ピッチで飲んで泥酔した。
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エゾガラスは酸化マグネシウムを飲んで3キロ痩せたそうだが、
出雲に来てから出雲ソバを2回食べただけなので、
更に2キロ減ったと言っていた(お菓子やぜんざいも食べたでしょう)

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居酒屋で泥酔した獣は、ホテルの部屋に戻ってからの記憶がなく、
目が覚めると朝方だったので太陽瞑想をした。
それからホテルの温泉に入って体重を計ると、53キロだった。

去年、どこかの旅館の温泉で計った時は56(五十六)キロだったので、
3キロ痩せたということになるが、5月頃から約2ヶ月間、
殆どまともに食事をしていないのに3キロしか減っていない事になる。

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だが、不思議なことに、実家に引っ越してきた時は60キロだったが、
家族との調和を図る為に1日1食だけ食べるようになると、
2週間で8キロ痩せて52キロになったという不可解な経験がある。

恐らく、不食時代は腸内微生物が完璧な栄養バランスを作り出し、
獣にとってベストな体重になっていたようだが、
食事をするようになって最高の栄養バランスが崩れ、
短期間で体重が激減したとしか考えられない。

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その後も1日1食を続けていると56キロまで増えたが、
今後、不食に戻れば再び60キロになると思われる。
今は毎日食べる習慣がなくなったので3キロ痩せたが、
3キロしか減っていないというのも奇跡的だと思う。

結局、大佐から連絡がなくて気になっていたが、
24日に届いたメールで謎が氷解した。
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連絡の行き違いというか何というかで仕方ないが、
何か悪い事をしてしまったなと反省しているが、
そう言えばまだ返信していなかった^^;

ちなみに、17時03分と言えば、
22日に獣が将軍にメールを送信した時刻と同じである。


つづく

posted by ZERO at 19:46| Comment(2) | スピリチュアル日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
以下の部分、追記しました↓


熊野山麓にある熊野大社に行った。

熊野山の磐座にスサノオが葬られており、
現在でも毎年元宮祭が行われている。

奈良時代に出雲大社ができるまでは、出雲国最大の神社だった。

和歌山の熊野三山を始め、全国に三千数百社ある熊野神社の発祥が、
この八雲村の熊野大社である。

この熊野大社には、スサノオが発明したと伝わる、
木をすり合わせて火を起こす発火器が遺っている。

スサノオは発明家だったのだ。
Posted by 獣 at 2012年08月26日 20:05
 島根県の安来は古事記では根之堅洲国というところでスサノオの活躍地ですね。正確には十神島根之堅洲国となりますが長いので古事記では省略されています。この省略された、十神島というのは出雲国風土記では砥神島という陸繋島であったであろう現在の安来市の十神山です。この島は安来市のシンボルと見いわれ、きれいな円錐形をした小山ですが、古代の人たちにの崇敬した島だったらしいです。この十神というのはイザナギ・イザナミ以前の神々を指し、両神を含めその後の神代の時代と分けて神世と表現されます。この神世七代の十柱の神々が宿る神聖な島だったのだと言われています。ここは、中海という湾岸にあり、例えば淡島と古事記に見える島と認識しうる粟島が対岸の鳥取県米子市にもあり、ここがオノゴロ(淤能碁呂)島と考えると、近くに国生みの神、イザナミの神陵地もあることから合理的なのではと思われます。
Posted by 国魂に幸あれ at 2013年01月04日 01:00
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