2012年09月14日

汝、5次元にアセンションせよB

オコツトが示す人間の意識進化の予定表である。

1999年………位置の等化
(冥王星が海王星軌道の外側に再び戻る)
2012年………位置の中和
2013年………位置の変換開始
2025年………位置の転換開始
2037年………入神


1999年が「位置の等化」、つまり、オコツトが言っていた
「人類が5次元を発見する」ということだが、
人類は未だに4次元も5次元も発見していない。

だが、「冥王星が海王星軌道の外側に再び戻る」
と書かれているので、位置の等化は天体現象を意味し、
それがタイムラグを経て人間界に移写されるという見方もできる。

solar-system-montage-solar-system-sw.jpg

『日月神示』の「12年遅れている」という話を当てはめると、
1999年の12年後である2011年(去年)に発見されたヒッグス粒子が、
5次元解明の鍵だった可能性がある。

今年の7月頃にも「ヒッグス粒子が確認された」というニュースがあったが、
これから人類は「位置の等化」を体験していくのだろう。

「十二年遅れているのを取り戻すのであるから、
これからは目の廻る程急しくなってくるぞ」

(日月神示)

132961967839313120017_20111207_emp.jpg

タイムウェーブ・ゼロ理論によると、
2012年12月22日に向けて時間が加速し、時間が消滅してしまうという。
だからと言って、時計の針が止まったり、投影の世界が一時停止になって、
我々の動きがピタッと止まった状態で固まってしまうようなことはないだろう。

恐らく、人間が徐々に4次元の世界に入っていくということなのだ。
それによって意識進化が加速し(時間や空間の概念が変容し)、
オコツトが示す年表の通りに帳尻が合っていく可能性がある。

2013年に「位置の変換開始」は難しいかも知れないが、
「位置の等化」が始まる可能性はあるだろう。
もちろん、全人類が……というわけには行かず、ある程度「身魂磨き」をして
「ポジティブな世界」に移行する人たちに限られるはずだ。

そして、2025年の「位置の転換開始」は実現するだろうと思われる。
位置の転換が開始すると、どのようなことが起きるのか……。

img_605540_11813154_0.jpg

2025年と言えば、バシャールも重大な予言をしている。

「2025年から2033年の間に、
地球はパラレル・リアリティへとどんどん分裂し始めます。
そして、2033年から2050年の間には、
もはや地球上でネガティブな現実はなくなるでしょう」

「2025年から2033年に掛けて、
UFOとの公的なオープンコンタクトが起きるでしょう」


つまり、「ポジティブな世界」に移行した人たちは、
2033年以降は戦争や天変地異を経験しなくて済むようだ。
一方、「ネガティブな世界」は、核戦争で全滅してしまうという。

2be66f38.jpg

「どのパラレル・アースに行くかは、2015年までの生き方が重要になる」

とのことだが、いつ震災や津波で死ぬか分からない時代なので、
「ポジティブな世界」を希望する人は今から身魂磨きに努める必要がある。

「神はいつまでも待てんから、いつ気の毒出来るか知れんぞ。
戦恐れてゐるが臣民の戦位、何が恐いのぞ。
それより己の心に巣くうてる悪のみたまが恐いぞ」

(日月神示)

天変地異や戦争も、自分の想念界・潜在意識の投影である。
そして今年の12月22日は、自分がどのパラレルワールドに進むかを決める
大きな分岐点(人生の分かれ道)になるだろう。

分かれ道と言っても、線路の分かれ道のようなものである。
今、どちら行きの電車に乗っているかが重要なのだ。
乗り換えるチャンスは常にあるが、居眠りして乗り換えるチャンスを
逃してしまわないようにしなければならない。

「臣民と云ふものは目の先ばかりより見えんから呑気なものであるが、
いざとなりての改心は間に合はんから、くどう気つけてあるのぞ」

(日月神示)

sym_wakare.jpg


さて、「位置の変換」とは、一体どのようなものなのか。


●球精神への反転

EPSON644.JPG

EPSON645.JPG

位置の変換とは、位置の等化(次元観察子ψ5)と
位置の中和(ψ6)を行った後に生まれるシリウスの調整作用です。
空間の曲率が完全に主体の質点側に反転してしまうことを意味しています。
一つの対象を複数の人間が取り巻いている状態を想像されるとよいでしょう。
現在のあなたがたの意識では対象が一つで、
それを見ている主体が多数いるとしか見えないはずです。
位置の変換が起こり始めると進化の方向性が顕在化するために、
それらの関係性が反転した空間も見えてきます。
つまり対象が一つならば、主体も一つのものとして
感覚化されなければいけないと感じてくるのです。
この感覚によって人間の内面性に見出されていた個我の位置、
つまり身体の位置はほとんど意味を失い、自我は自然消滅していきます。


51Ix9vy1DTL__SL500_.jpg

半田氏の解説

わたしたちは普通、他者を別個の身体を持つものとして区別している。
それは自己から見て他者の身体としての質点が
空間の別のところに位置しているように見えているからだ。
だが、そのような見方は人間の内面における認識にすぎない。
オコツトが言うように、もしψ5がψ6と等化され、ψ7が顕在化を起こすと、
その空間においては、すべての無限遠点は反転した対象の
中心点として重なり合ってしまうことになる。
そこでは普通わたしたちが別々の位置と感じている他者の質点も、
わたしの質点も、同じ一点に位置するものとして感覚化されてくるはずだ。
おそらく、完全に反転した空間認識が生まれてくれば、
自己と他者との区別ができない空間領域に突入していくことになる。

<位置の変換>によって生み出される次元観察子ψ7、
つまり球精神とは、まさにこの空間領域のことを言っているのだ。
その空間こそ、自他一体の意識が存在しているシリウスの空間なのだ。
そこでは、わたしたちが普段使っている自己や他者といった概念は、
本当の自己を構成している諸部分にしか見えないだろう。
ψ5とψ6の関係は、変換人にとってはもはや
人間にとってのミクロとマクロのような関係でしかないのだ。
ψ1とψ2で無限大と無限小を等化し、ψ3とψ4で主体と客体を等化し、
そして、ψ5とψ6で自己を他者と等化する……。
タカヒマラにおける次元上昇とは、まさに二元化した全ての関係性を
一つのものへと統合していく意識作用を意味していた。


タカヒマラ……オリオンとプレアデスの力の干渉作用によって生まれている
高次元の定在波のようなもので、宇宙精神のシステムのようなもの。

EPSON644.JPG

図8−13は非常に分かりやすい。
獣は2年ちょっと前、この「球精神への反転」の感覚が生まれてきた。
それで、反キリ1で度々この図をUPして「内外反転」について書いてきた。

「位置の変換とは、位置の等化(次元観察子ψ5)と
位置の中和(ψ6)を行った後に生まれるシリウスの調整作用」


ということは、獣は「位置の等化」と「位置の中和」が終わっていることになる。

「もしψ5がψ6と等化され、ψ7が顕在化を起こすと、その空間においては、
すべての無限遠点は反転した対象の中心点として重なり合ってしまうことになる」


という半田氏の解説もよく理解できる。
このような難しい理論を抜きにして、内海康満氏もψ7の意識レベル
(球精神への反転)に達していることが分かる。

gfhjuntitled.bmp

まだまだ獣は入口だが、ψ7の世界には一応入っているようだ。
だが、当時から空間認識の変容が進んでいないのは何故だろう(笑)

現時点で、これ以上、空間認識が変わってしまうと、
一般社会で生きていけなくなることは間違いない。
それで、少しストップさせられているのかも知れない。

オコツトによると、釈迦やイエスの意識は「ψ8」に位置しているそうだ。
ということは、獣は釈迦やイエスの悟りには達していないことになる。

オコツトに言わせれば、釈迦やイエスも本当の悟りには達していないという。
ということは、「究極の悟り」を得たというヨグマタも、
全然悟りを開いたレベルではないということになる。

ヨグマタの小冊子が届き、聖母はまた
「あんたが言っている事と同じことが書いてあった」と言っていた。
ヨグマタの悟りは獣レベルの程度だと思われるが、獣以下かも知れない。

45.jpg

「タカヒマラにおける次元上昇とは、まさに二元化した全ての関係性を
一つのものへと統合していく意識作用を意味していた」


これは対極にあるものが同一に見えてくるということで、
禅定でいう「生死解決」とも通底する。
獣はその視点を持っているが、その視点で人と会話をすると
話にならないので、その視点での話は人とはしない。

相手からしても、獣が何を言っているのか分からず、
全く話にならなくて気違いだと思われるだけだからだ。
従って、人に理解できるように話しているのだが、
それに対して「それは二元論」とかいう指摘をする人もいる(苦笑)

内外反転に達すると「内外一致」の真理も理解するようになる。
従って、獣は外側の世界を「そのまま内側の世界」だと認識している。
そして、日常内観でそのような世界観を意識するように説いてきた。

だが、それはあくまでも比喩であって、果たして、
獣のその世界認識は正しいのだろうか……という疑念はあった。
しかし、オコツトの話を改めて読むと、
獣が認識する世界観は正しかったことが確認できた。

「人間の内面とは、あなたがたが外在と呼んでいる世界、
人間の外面とは同じくあなたがたが内在と呼んでいる世界のことを指します」


capture1.jpg


ついでに、半田氏による「かごめ歌」の解釈も紹介しておこう。


●ψ7の彼岸――うしろの正面だぁれ

EPSON646.JPG

EPSON647.JPG

わたしたちが常に背中側に感じている暗闇の意識空間……
そこには何と、真向かいにいる他者が見ている世界が存在しているのだ。
つまり、わたしたちの背後には、いわゆる3次元的な意味での
後ろ側の空間など存在していないのである。
その意味からすれば、「うしろの正面」とは、
他者が見ているわたし自身に他ならない。
図8-14に示したように、自己と他者は進化の方向へ反転した空間においては
背中と背中がくっつき合った同一のアダムなのである。


a0626door.jpg

量子力学では、

「事象は観測されることによって初めて存在する」

と言われている。

何事も観測されなければ存在しないというのだ。
これは少し信じがたいことではある。
例えば、背もたれのある椅子にもたれて座るとしよう。
だが、正面を向いている自分は背もたれを見ていないので、
背もたれは存在しないということになる。

座っている椅子が視界に入っていなければ、
椅子は存在しないということになる。

目の前に色々な物が存在するが、
目を閉じれば全て存在しないということなのだ。
半田氏は「空間」の話をしているが、
空間と物質は本質的に同じである(色即是空)。

「わたしたちの背後には、いわゆる3次元的な意味での
後ろ側の空間など存在していないのである」


確かに信じがたい話であり、獣もそのような認識や感覚はないが、
理論的に考えると、その仮説は正しいと思う。
内海氏はそのことを認識できているようで、次のように述べている。

自分自身が世界を映し出している。
http://kemono666.seesaa.net/article/242318955.html

081029.jpg

オコツトによると、宇宙は「有機体の妄映」だという。
つまり、「この世は幻影」だということであり、
「何事も観測されなければ存在しない」というのは道理である。

それに対してアインシュタインは、
「誰も月を見ていない時には月は存在しないというのか」
という反論をしたが、その通りだということになる。

それに対して、イギリスの経験論者バークリーは、
「神が見ているから存在する」と言った。
これは正解でもあり間違いでもあり、絶妙な所を突いていると思う。

まず、「わたしたちの背後には3次元的な意味での後ろ側の空間など存在していない」
ということについて、認識はできないが、1つの仮説として理論的に理解はできる。
だが、以前にも書いたが、自分の姿を第三者の視点から見ることがある。
当然ながら、後ろから自分の姿を見ることもある。
これは明らかに霊魂の意識に完全にシフトしている時の光景である。

つまり、肉眼では見ていなくても、背後の空間も物質も存在することになる。
「空間=物質」は投影であって実在ではないが、
人間の3次元認識では「存在」することは確かである。

5273473.jpg

また、「神が見ているから存在する」ということは、
結局、人間が見ていても見ていなくても存在することになる。
実際に、監視カメラで誰もいない場所を撮影していても、
その場所はちゃんと映っている。

だが、それは2次元の映像であって、
実際に空間や物質が存在するかは別の問題である。
獣が思うには、万物は常に万物によって観測されている為、
万物は常に存在はすることはするが、
観測しない人間にとっては存在しないのと同然だということなのだ。

お分かりだろうか……これほど単純明快な話はない。

自分が見ていない物は存在しないのと同じ

ただ、それだけのことである。
そして、「見れば存在する」という当たり前のことなのだ。
但し、その万物及び空間こそが神(遍在する人間の意識)である。

GodEye.jpg

これを左脳で理解しようとしても、
きっと獣が言いたいことが理解してもらえないだろう。
理論的に理解しても、認識や感覚には繋がらない。

●リアリティー・サンドウィッチと<わたし>
で紹介した通り、半田氏は次のように述べている。

「本当は、わたしはあらゆるところから、あらゆる対象物を眺めており……」

ここで言う<わたし>は「魂=真我」のことだと解釈して良いが、
結論てして、観測しない空間や物質は存在しないと言えば存在しないし、
存在すると言えば存在する。

それはただ単に表現の仕方の違い(視点の違い)であり、
一元論で言えば「存在する=存在しない」である。
いずれにしても、本質的には「実在ではない」ということをご理解頂きたい。

EPSON647.JPG

尚、図8-14については、獣は認識できていない。
従って、この図が「真実」だと断定して紹介しているわけではない。
一面的に一理あると思うが、これも汝の考察と直感で判断し、
意識進化に役立てて頂ければ幸い(獣の自己救済=世界征服)である。

以下は、獣がまだ無限遠点を発見していなかった時に書いた記事だが、
関連記事なので参考までにお読み頂きたい。左斜め下
(3つ目の投稿日時は2010年11月17日になっているが、
記事を作ったのはもっと前のことである)

反転した空間認識と人間と宇宙の関係
http://blogs.yahoo.co.jp/yhwh_lucifer/561267.html
「かごめ歌」の謎と鏡像反転の原理
http://blogs.yahoo.co.jp/yhwh_lucifer/562357.html
シリウス空間と自我の消滅…アセンションを示すカゴメの歌
http://mujaki666.seesaa.net/article/169701591.html
posted by ZERO at 14:05| Comment(0) | 超科学と意識進化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。