2012年10月10日

【善悪逆転論】太陽神アトン(アテン)の正体O

丹後には大江山の鬼退治など多くの鬼退治伝説が伝わっている。

鬼は「艮の金神=封印されたスサノオ」の姿であり、
オリエントの太陽神「バアル」にルーツがある。

鬼退治の伝説は京都の亀岡から出発し、丹後の間人の地で終わっており、
鬼退治とは朝廷からの丹後王国の征服の歴史だと言われている。

つまり、バアルを信仰する丹後王国を、
アトン信仰の大和朝廷(日向族)が制圧していったということなのだ。

王仁三郎(喜三郎)はその亀岡で生まれた人物で、
神示によって「鬼三郎」と名付けられたが、
それを嫌がって「王仁」を当て字したそうだが、
王仁三郎はその名の通り「鬼」と関係している。

鬼の正体は、言うまでもなく「封印されたバアル」である。

この丹後王国は、古代オリエント民族が開いた国であり、
「出雲族」とは一見無関係に思えるが、
両者はバアルを信仰するオリエント出身の民族という共通点はある。

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『日本書紀』によれば、ニギハヤヒは天照大神から「十種神宝」を授かり、
天磐船で河内国(大阪府交野市)に天降り、その後、大和国に移ったという。

だが、内陸の河内国に船で航海して来たと言うのは変な話である。

確かに、古代の東大阪には内海として「河内海」があり、
大和川が流れ込むことによって陸地が形成されたが、
そこに至るまでの経路が不明である。

重要なことは、天橋立の近くに鎮座する元伊勢「籠神社」の存在である。

社伝によると、ニギハヤヒは大和国及び丹波・丹後地方に降臨し、
丹波・綾部に南下していったと伝えられている。

地図で見ればそれが自然なコースで、また、丹後半島には
朝鮮半島からの漂流物が海流に乗って流れ着く事で知られている。

画像検索でこのような本が出てきた。
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籠神社の宮司家には、日本最古と評される国宝
「海部氏系図」なる2000年に及ぶ家系図がある。

海部氏は海人族の末裔だが、
籠神社の主宰神は海部家の祖神「彦火明命」である。

正式名称は「天照国照彦天火明櫛玉饒速日命」、
即ち、スサノオの継承者「ニギハヤヒ」である。

ニギハヤヒは丹後半島に上陸し、
河内国に移動した後に大和で「初代天皇」に即位したのだろう。

海部氏は、ニギハヤヒが来る以前から
丹後王国を築いていた海人族だったはずである。

その海部氏が、なぜニギハヤヒを祖神としているのか……。

大和で即位したニギハヤヒは二男一女をもうけ、
末娘のイスケヨリヒメが相続人となり、日向国のイワレヒコを養子に迎えた。

実際の初代天皇「真の神武天皇」はニギハヤヒだが、
イワレヒコにすり替えて記録されていることは今まで主張してきた通りだ。

神武東征神話の元ネタが、アレクサンドロスの東征伝説の投影である以上、
神武天皇「スサの王」は日本建国の父と呼ばれるスサノオでなければならない。

が、スサノオの継承者であるニギハヤヒが、
出雲から大和に東遷して初代天皇として即位したので、
ニギハヤヒが「本当の神武天皇」ということになるのである。

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さて、ニギハヤヒの長男のウマシマヂが「物部氏」が祖とされているが、
次男のタカクラジは「尾張氏」と「熊野氏」の祖となった。

熊野はスサノオ(フツシ)の別名だが、
タカクラジが紀州熊野に住んでいたことから、
熊野の地名は「スサノオ」を意味するタカクラジの
支族名に由来することは明らかである。

一方の「尾張氏」から分かれたのが「海部氏」だと言われている。

海部氏が神代からの氏族だとすると矛盾した話となるが、
要するに、尾張氏の人物が海部氏に養子に入り、
事実上の初代天皇であるニギハヤヒから始まる家系とされたのだろう。

オリエント出身の海部氏は、「バアル」と「ミトラ」を信仰していた部族であり、
それが日本で「スサノオ」と「ニギハヤヒ」という人物に対応していたのだ。

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もう少し厳密に言うと、丹後王国はニギハヤヒ亡き後の
朝廷(日向族)に征服され、バアル(スサノオ)は封印された。

そして、バアルの子供であり生まれ変わりでもある
太陽神ミトラの現人神が「ニギハヤヒ」だったのである。

それが真の皇祖にして初代天皇である男神「天照大神」の正体なのだ。

スサノオやニギハヤヒがイエスのように真我に目覚めた人物だったとは思えないが、
この2人の親子の歴史を封印し、日向族のアマテラスが皇祖神とされたことが、
日本史の根源的な歪みとなっているのである。

それは古代エジプトに於ける「アメン」の封印と「アトン」の台頭に端を発し、
オリエントでの「バアル」の排斥と「アトン」を信仰するユダヤ教の成立に繋がり、
それと同様の出来事が日本でも繰り返されたということである。

もちろん、それも「神の経綸」だが、
この真の皇祖神である「ニギハヤヒ」の正史を明らかにすることが、
太陽神ミトラ(弥勒菩薩=キリスト)の再臨なのだ。

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籠神社の元の鎮座地は奥宮の真名井神社だが、社伝によれば、
元々真名井原の地(現在の境外摂社・奥宮真名井神社)
に豊受大神が鎮座し、与佐宮と称されていた。

『神道五部書』の1つ「豊受大神御鎮座本紀」によれば、崇神天皇の時代、
天照大神が大和笠縫邑から与佐宮に移り、豊受大神から御饌物を受けていた。

その4年後、天照大神は伊勢神宮(内宮)へ移り、
後に豊受大神も伊勢神宮(外宮)へ移った為、
籠神社は「元伊勢」と呼ばれるようになった。

719年、真名井原から現在地に遷座して主祭神を
彦火明命(ニギハヤヒ)とし、豊受大神と天照大神が相殿に祀られた。

ここで言う天照大神は「ニギハヤヒ」ではなく、
日向族の皇祖と呼べる女王「アマテラス」である。

ニギハヤヒに「十種神宝」を授けたのは、
この天照大神(アマテラス)ではなくスサノオである。

スサノオを「天照大神」に書き換えたのは日向族だが、
「天照大神がニギハヤヒに十種神宝を授けた」という表記も嘘ではない。

スサノオは太陽神バアルゆえに、スサノオは「天照大神」でもあるからで、
天照大神から十種神宝を授かったニギハヤヒも太陽神「ミトラ」であり、
それ故に、ニギハヤヒは男神・天照大神(天照国照彦)なのである。

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そして、前述の通り、「豊受大神」は真名井神社の主祭神だったが、
それは古代オリエントから渡来し、丹後王国を築いた部族が、
主神として崇拝していたオリエントの最高神ということになる。

豊受大神は「国常立尊」と同一神とされており、
封印された鬼(艮の金神)と一致する。

また、国常立尊は龍神だとされているが、
「籠」という漢字は竹で龍を封印していることを表している。

豊受大神は、伊勢神宮でも天照大神に食事を運ぶ神とされ、
食事を運ぶという事で召使いのような扱いをされているが、
実は外宮の方が格式が高く、天皇陛下も伊勢参拝の時には、
皇祖神「天照大神」を祀る内宮ではなく、
外宮の主祭神「豊受大神」を先に参拝する。

外宮の御神体は、もともと籠神社の奥宮
「真名井神社」に祀られていた「真名之壺」だという。

マナの壺とは、古来より皇位継承の証として天皇家が代々継承する
「三種の神器」の1つ「八尺瓊勾玉」を入れる壺だと考えられている。

だとすれば、「マナ=勾玉」という事になるが、
三種の神器のルーツは日本神話で語られている通り、
天孫族(アマ族)によってもたらされたものである。

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『旧約聖書』の「出エジプト記」には、このように記されている。

「モーゼがイスラエルの民を率いてエジプトを脱出した後、長い間、
荒野を放浪することになり、イスラエルの民は大変飢えていた。
ある朝、白いウエハースのような物が地表を覆っていた。
モーゼは言った、『これは神が下されたマナという食べ物である』
これを金の壺に入れ、代々祭っていかなければならない」


マナの壺とは、主ヤハウェ(豊受大神)は
イスラエルの民に与えた「マナ」を入れる壺だったのである。

もちろん、ここで言う主ヤハウェとは、
イスラエルの民をエジプト脱出に導いた「バアル」のことだが、
バアルはアメンと同一神である為に「太陽神」でもある。

故に、王仁三郎は優れた霊的直感によって、
豊受大神を「国常立尊+天照大神」の合体神と定義したが、
もちろん、偽の天照大神(アトン)のことではない。

従って、以下の等式が成り立つ。

「豊受大神=国常立尊=艮の金神=スサノオ=バアル=アメン=真の天照大神」

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丹後には、籠神社以外にも「元伊勢」の名を持つ神社が存在する。

大江山の近隣に鎮座する、
元伊勢外宮「豊受大神社」と元伊勢内宮「天照大神社」である。

大江山は鬼伝説で有名だが、『古事記』によれば日子坐王(崇神天皇の弟)が、
陸耳御笠(クガミミノミカサ)という土蜘蛛を討ち滅ぼしたとされている。

土蜘蛛は丹波・丹後地方の土着民と考えられているが、要は「鬼」のことで、
バアルを信仰するオリエント系先住民を含む「出雲族」を指している。

また、クガミミは九鬼(クカミ)だと言われており、元丹波国綾部藩主の
九鬼家に伝わる古文書『九鬼文書』との関連性が指摘されている。

そして、『九鬼文書』の根元神を
「宇志採羅根真大神(ウシトラコンシンオオカミ)」といい、
綾部に住む出口ナオに憑かった「艮の金神」と同名である。

綾部のすぐ北が大江山で、酒呑童子という鬼の統領が住んでいたが、
ナオは九鬼家の血筋だったのだろう。

「九」はニギハヤヒの象徴数字で、出口家と海部氏の血縁も見逃せない。

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つまり、元伊勢外宮の主祭神「豊受大神」は、
九鬼氏の祖神である「艮の金神」だったのである。

九鬼家と深い因縁を持つ出口直に憑かった「艮の金神」を、
王仁三郎は上田家の祖神「国常立尊」であると断定した。

重要なことは、『九鬼文書』に記された高御位山で、
九鬼氏は宇志採羅根真大神(艮の金神)を祀っていたことである。

そして皇祖神を「スサノオ」としているが、「艮の金神」と同一神格である。

または、宇志採羅根真大神(艮の金神)の現人神として、
ニギハヤヒの父だった「スサノオ」を初代天皇として定めたのであろう。

その綾部で大本が発生し、ナオに艮の金神が憑ったのも節分の日だった。

そして、丹後の鬼退治伝説の出発点である亀岡で生まれ育ったのが
上田喜三郎、即ち、後の出口王仁三郎(鬼三郎)なのだ。

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天皇家祭祀のトップに君臨するヤタガラスは、
「天照大神の再臨」を予言している。

彼らは原始キリスト教徒の末裔ゆえに、
天照大神の再臨は「キリストの再臨」を意味する。

では、再臨する「キリスト」とは何者かと言えば、
太陽神バアルの子供で生まれ変わりでもあるミトラであり、
真の皇祖である「ニギハヤヒ」なのだ。

ヤタガラスは、日向族の皇祖神が
「偽の天照大神=太陽神アトン」であることを熟知している。

当然ながら天皇も真の皇祖神を知っているが故に、
伊勢参りでも外宮から先に参拝するのだ。

ユダヤ人が待望する「メシア」、クリスチャンが待望する「再臨のキリスト」、
仏教徒が待望する「弥勒菩薩」であるニギハヤヒ(ミトラ)が、
西洋では「悪魔」、日本では「鬼」として貶められている事を人類は知らない。

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posted by ZERO at 01:58| Comment(2) | 歴史・アカシック修復 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私のルーツにシンクロしまくり(忍)^^
http://www.geocities.jp/k_saito_site/doc/iwataki.html
Posted by 総裁越楠 at 2012年10月14日 15:39
総裁、こんにちは。

日付を見たら、ちょうど1年前のコメントですね^^;
シンクロ万歳!万歳!万歳!


鏡さん、こんにちは。

魂とは何でしょうか、ご教授願います。
Posted by 獣 at 2013年10月14日 08:46
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