2012年10月15日

汝、5次元にアセンションせよE

「汝、5次元にアセンションせよD」の続きだが、
文面的には「ゼロの発見と三印法」や「解脱とは何か」の続きである。

それでは今回も、桐山氏の話の紹介と解説をしたいと思う。

十生・二十生の前世を悟ったブッダの瞑想

私の言いたいことは、仏陀をはじめ、数多くの自由思想家たちも、
解脱ということを考える前に、まず、輪廻と業というものが
事実であるかどうかを確かめたであろうということである。

いや、他の思想家たちは置くとして、あの比類なく賢明で合理的な仏陀が、
頭から無条件でバラモンの輪廻思想を受け入れることは考えられないことで、
まず第一に、それが事実であるかどうかを確かめたに違いないのである。
また、その本体――よって成り立つところのものを把握せずに
そこからの解脱の方法を考えることはできないのだから、当然のことである。

その結果はどうか?
その事実であることを、彼はその神通力ともいうべき超能力で捉えている。
次の文章は、マツジマ・ニカーヤ(中阿含経)という阿含経典において、
彼自身によって語られたものである。

『わたし(釈迦)は常に努力精進し、その想いは確立して少しも乱れず、
体は安楽で動揺せず、心は禅定に入って静かである。
そのわたしがあるとき、瞑想に入って次第に禅定が深まってきた。
第一禅定から第二、第三、第四禅定まで深まるにつれて、
心に思い浮かぶ何ものもなくなり、喜びや楽しみだけとなり、
そして遂にはそれもなくなって、ただ清浄な想いだけとなった。
その時わたしの心は一点の汚れもなく、清く明るく、絶対不動であった。
そしてわたしの心の目は自ずから前世の光景に向けられていった。
それは一生だけではなく、二生、三生、十生、二十生、
そして無限の生涯の、生き変わり死に変わりした光景が展開してきた。
これが第一の智慧である。
それからわたしの心は、あらゆる衆生の姿に向けられてきた。
わたしは超人的な眼力でその姿を見た。
そこには貴いもの、賤しいもの、美しいもの、醜いもの、
幸福なもの、不幸なものの、それぞれの宿業が渦巻いていた。
これが第二の智慧である。
それから、苦・集・滅・道の四諦(四つの真理)をありのままに知り、
あらゆる存在の相から全く解放され、再びそれに執着することはなくなった。
これが第三の智慧である』

彼は「四諦・十二因縁の観法」という瞑想法によって、
渇愛(タンハー)を滅却し、般涅槃(ニルヴァーナ)に入ったのである。
仏陀は自分の前世の、二生、三生、十生、二十生の光景を見たと言っているが、
自分だけではなく、あらゆる人間の前世と来世をも見ることができたのである。

婆蹉出家が仏陀に向かって、
「あなたはいかなる根拠に立って、それは何処に生まれ、
それは此処に生まれると解説するのですか」と質問しているのを見てもわかる。
この種の質問は、他のアーガマにおいても、
他の質問者により、いくつか見ることができるのである。

要するに仏陀は、その超人的能力により、輪廻転生の事実のあることを悟り、
修行してそこからの解脱を成就したのである。
そうして、彼らの説く教えの目的もそこにあった。
後有(未来の生)を断絶した涅槃の成就――これ以外にはないのである。
それは、試みに、主なアーガマ(阿含経典)のどれでもよい。
アトランダムに一部、手にとってみるがよい。
その末尾は必ずといっていいほど、こう結ばれているのを見るであろう。

渇愛滅すがゆえに、取を生ぜず、取生ぜざるがゆえに繋著を生ぜず、
繋著せずんばすでに自ら涅槃を覚り、我が生すでに尽き、
梵行すでに立ち、所作すでに作し、自ら後有を受けざるを知る。
(雑阿含経第二、三世陰世食経)

タンハーを滅するがゆえに、取が生じなくなる。
取とは取捨選択の取で、選り好みし、愛着するということである。
仏教語大辞典によると、「執着し欲求してやまない心の働き」とある。
このタンハーから生じた取の心が生じなくなると、繋著の心がなくなる。
繋著とは強い縄で繋がれたように、そこから離れることのできないことをいう。

阿含経の中に、これをこう説く。

衆生は無始の生死より、無明に覆われ、
愛結に繋せられ、長夜に生死に輪廻して苦際を知らず。
たとえば狗(犬)を縄もて柱に繋著するに、結繋断ぜるがゆえに柱に順って転じ、
もしくは住し、もしくは臥して柱を離れざるが如くに……
(雑阿含経第二・無知経)

縄で繋がれた狗のように長夜の生死を輪廻するのは、
タンハーから取の執着を生じたからで、執着が滅すれば繋著の縄が断たれる。
そうすれば自ずから涅槃に入り、
この現生で生命は尽き、後有(未来の生)がなくなるのである。

この『わが生すでに尽き、梵行すでに立ち、所作すでに作し、
自ら後有を受けざるを知る』という句は、
主なアーガマ(阿含経典)の結びとして必ず出てくる文章である。
つまり、仏陀の教えの、これこそがそのテーマだったのである。

そういうと、仏陀の教えは非常に理性的で現実に即したものであったと言われており、
霊魂や再生とかいう現実とかけ離れたものではなかったずだといわれるかも知れない。
その通りである。
仏陀の教えは誠に理性的で現実に即したものであった。
そうではないか。

輪廻からの解脱は、現世における渇愛(タンハー)の完全なる滅却が必要であり、
その為には厳しい欲望の制御が必要であった。
ゆえに、それは煩悩を断つ修行から始まる。
これほど理性的で現実に即した教えはない。
だが、そこに一つの落とし穴がある。

この修行の上辺だけを見たならば、
仏陀の教えは単なる道徳、倫理以上のものではなくなってしまう。
欲をなくして「悟りを開く」という、
一種の精神修養、精神鍛錬法にしかすぎなくなってしまう。
まさに理性的、現実的ではあるけれども、それは宗教ではない。
なぜならば、人間における霊性の輝きがそこにはないからである。
知性はあるが、霊性はない。

現代の仏教界がその誤りを犯している。
霊魂の存在、輪廻転生、再生の問題を、全て古代の迷信として退け、
仏陀の教えを現世に限定して捉えようとしている。
仏陀の教えを現代に生かそうとして、かえって小さな狭いものにしてしまった。
生命の果てなき輪廻という、この上なく壮大にして厳粛なるテーマを捉えて、
そこからの脱出という手法により、永遠の世界への飛躍を教えているのである。
この深い意味は改めて理解されねばならない。


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少し長くなったが、桐山氏は解脱した人物ではないので、
獣から解説していきたいと思う。

解脱ということを考える前に、まず、
輪廻と業というものが事実であるかどうかを確かめた……
ということについて、まずそうあるべきではあるが、
普通の人には輪廻や業の存在を確かめることはできないので、観念ではあるが、
それが事実であろうことを前提に解脱する為の修行をしなければならない。

獣も同じで、業(カルマ)は内観の過程で事実であることが分かり、
覚醒に伴って、自然の摂理として輪廻が事実であることを理解するようになった。
が、真我の覚醒と同時に、輪廻や業が幻影であることも感じるようになっていった。

実は、釈迦も同様で、そのことは釈迦自身も述べている通りである。

『わたし(釈迦)は常に努力精進し、その想いは確立して少しも乱れず、
体は安楽で動揺せず、心は禅定に入って静かである……』


この続きの文章を見れば、釈迦も内観(禅定)の過程で
輪廻や業が事実であることを理解したことが分かる。

「第一禅定から第二、第三、第四禅定まで深まるにつれて、
心に思い浮かぶ何ものもなくなり、喜びや楽しみだけとなり、
そして遂にはそれもなくなって、ただ清浄な想いだけとなった。
その時わたしの心は一点の汚れもなく、清く明るく、絶対不動であった」


獣も第四禅定まですぐに到達できる技術を持っている。
これは呼吸法と想念術によって、一気に覚醒シータ波の状態になる
訓練をしてきたからで、その深い瞑想で涅槃の境地に入ることができるのだ。
それで、釈迦は全ての過去世を思い出すことが出来たそうだが、
これが「第一の智慧」だという。

更に、あらゆる衆生の過去世が見えて、それが「第二の智慧」だという。
獣はしばしば、夢の中で過去世らしき光景の断片を見たことがあるが、
それが過去世かどうかは明確に分からない。

つまり、獣は「第一の智慧」も「第二の智慧」も得ていないことになるが、
あまりそれに囚われる必要はないことを今ではよく理解している。

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超能力発明家の政木和三氏によると、
脳波がシータ波になると前世を思い出すことも可能だという。

高校の時、記憶力向上の為に政木氏開発のヘミシンク装置
「アルファシータ」を購入した時、そのような期待も持っていたが、
特に前世の記憶を思い出すということはなかった。

だが、内観をする時はシータ波状態になるのが基本である。
シータ波の時は右脳と左脳が統合し、肉体意識(自我)が稀薄になり、
先入観や固定観念がなくなり、ニュートラルな状態になる。
そうして初めて、感情を入れずに客観的で中道な内観ができるのだ。

また、「過去内観」の時も、過去世まで思い出せなくても、
シータ波の時は忘れていた過去の記憶も甦りやすくなる。
内観の目的は、因果律や現象のメッセージ性を直感的に理解することだが、
それもシータ波状態でなければできないことである。

シータ波になる為には、何十年も座禅やヨガの瞑想を積むのが通例だが、
ネオデジタル内観は短期間でシータ波になる為のメソッドである。
また、獣がバージョンUPさせた「ハイパーネオデジタル内観」は、
更に格段に優秀なシータ波誘導+真我開発メソッドになっている。

実際問題、魂の意識に目覚めて5次元意識に到達することは非常に困難だが、
ハイパーネオデジタル内観なら数ヶ月で実現可能なのである。

一般的な内観は、自我で過去を振り返り、
「結果の世界」での「行為」による因果律を追求し、
それなりに様々な出来事が反省と感謝に繋がって、
一時的に気分が晴れやかになったような気がするだけに過ぎない。

ハイパーネオデジタル内観は過去世のカルマ(潜在意識)を完全浄化し、
先祖供養にも繋がり、輪廻を解脱して5次元意識に目覚めるものである。
即ち、半年や1年で釈迦の悟りに近づくことも可能で、
釈迦のレベルには達しなくても、輪廻を解脱した時点で、
釈迦やイエスなどの教え(真理)は完全に自分で分かるようになる。

その過程で霊能力が発現したり、ハイヤーセルフと交信できるようになったり、
体外離脱が出来るようになったりするが、過去世を思い出すというのも、
そのような神秘体験の一種であり、そのようなことに囚われずに、
ひたすら熾烈な自己凝視を続けていると、魂の意識に目覚めるのである。

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釈迦が過去世を思い出したのは覚醒シータ波になったということだが、
覚醒シータ波になったからと言って「全知全能」になるわけではない。
そのシータ波の時に何にアクセスするかということである。

例えば、覚醒シータ波になると、超常現象が起こるようになるという。
また、様々な国の言語や古代語も理解でき、話せるようになるという。
政木和三氏も数多くの超常現象を起こし、
アトランティス時代の過去世の友人と出会って古代語で会話したという。

また、政木氏が発明したヘミシンク装置で覚醒シータ波になった人が
超記憶力を獲得し、六法全書を2日間で暗記したなどの報告が無数にある。
だが、政木氏自身は超常現象を起こしたり、過去世を思い出したり、
古代語が話せたりしたが、超記憶力が発現する体験はしていないようだ。

また、釈迦は過去世を思い出したが、超常現象を起こしたり、
古代語や万国語が話したり、超記憶力を獲得したという記録はない。
伝説のヒマラヤ聖者やサイババは、超常現象を起こし、
古代語や万国語を話せるが、超記憶力を発揮したという話は聞かない。

また、空海は虚空像菩薩真言を唱え続けて超記憶力を獲得したが、
右脳開発の七田眞氏によると、やはりシータ波になった結果だという。
だが、空海が過去世を思い出したり、古代語や万国語を話した記録はない。
しかし、多少の超常現象を起こしたというエピソードはある。

獣はたまに超常現象が起こり、人並み以上の記録力や直感力があり、
過去世らしき夢は何度も見たことがあるが、
明確に過去世と分かる記憶が甦ったことはなく、
自在に超常現象を起こせるわけでもなく、
超記憶力を持っているわけではなく、古代語や万国語も全く分からない。

聖者ヨグマタも究極のサマディに達し、涅槃寂静の世界に入った人物だが、
超常現象も起こせないし、古代語や万国語を話せるわけでもなく、
幾多の過去世を思い出したり、超記憶力を獲得したという話はしていない。
従って、釈迦のように全ての過去世を思い出す体験は、
涅槃に至るプロセスとして必ずしも体験することではないということである。

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それから釈迦は、苦・集・滅・道の四諦(四つの真理)をありのままに知り、
あらゆる存在の相から解放され、再びそれに執着することはなくなったという。
それが「第三の智慧」らしいが、獣は「第三の智慧」には到達している。
それが解脱であり、涅槃に入るということなのだ。

釈迦は「四諦・十二因縁の観法」という瞑想法によって、
渇愛(タンハー)を滅却して涅槃に入り、後有(未来の生)を断絶したという。

ここで1つ注釈しておくと、
輪廻を解脱すれば未来世を断てるというのも一表現である。
「過去・現在・未来」は同時存在の為、
未来永劫に続く未来世も「今ココ」に同時存在しているのである。

分かりやすく言うと、宇宙の始まりと終わりは同時存在の出来事であり、
無数の現世は「映画のフィルム」として最初から存在しているのである。
つまり、今の現世も、そして今の現世を基準とした全ての過去世や未来世も、
「現世」として全て同時に存在しているのだ。

同時存在だが、時系列はあってないようなものであり、
且つ、全ての現世は投影に過ぎないのである。
その中で、そのメカニズムを悟り、今の現世で解脱に成功すれば、
時系列的な未来の現世(未来世)の投影の世界を
体験する必要はなくなるということなのだ。

そのメカニズムを悟って輪廻を解脱し、涅槃に入るということは、
真我(魂の意識)に目覚めること以外にはないのである。

過去世・現世・未来世を時系列的に捉え、今の現世と自分の意識(自我)を
「現実」と捉えている限りは5次元(涅槃)には入れない。
過去世・現実・未来世の「現世」は、あくまでも映画のフィルムの再生に過ぎず、
それを見ながら(体験しながら)学習し、理解をするということが全てなのだ。

その為には、最初は認識できなくても、
「内外反転」の概念に基づいて内観するしかなく、
それが釈迦の説いた三印法の「諸法無我」なのだ。

ところで、「四諦・十二因縁の観法」とは何か……。
これはヴィパッサナー瞑想の延長の超越瞑想で、
悟りを開く過程に対して後から名づけられたもので、
そのような瞑想法が確立されているわけではないと思われる。

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「仏陀の教えは非常に理性的で現実に即したものであったと言われており、
霊魂や再生という現実とかけ離れたものではなかったずだといわれるかも知れない。
その通りである」


獣も同感だが、これを獣の観点から解説しよう。
「現実」とは涅槃のことであり、「人間界」は投影の世界である。
そのことは、ヴェーダ聖典の奥義書『ウパニシャッド』にも
「この世はマーヤー(幻影)である」と表現されている。

それは釈迦が説いた三印法の「諸法無我」で解説されている通りだ。
それを端的に言えば、この世は投影(幻影)だということである。

幻(人間界の自我・肉体意識)から覚めて涅槃(現実)に入れば、
個人的カルマは消滅し、カルマの法則を超越した状態なので、
人々が言う現実(結果の世界=投影の人間界)の運命も変わるということである。

つまり、釈迦は本質論に於ける「現実主義者」であり、
そのスタンスは獣も全く同じだが、
外側の世界に囚われて、現象に感情を左右されることなく、
内側の世界を冷静に客観的に凝視することを釈迦は説いているのだ。

「輪廻からの解脱は、現世における渇愛(タンハー)の完全なる滅却が必要である」

渇愛の根源は「生きたい」という強烈な本能であり、
かつての獣は渇愛が非常に強い人間だった。

渇愛から様々な願望や欲望、あるいは感情が生まれ、
それを総称して「煩悩」と言うが、
六道輪廻説によると、天上道の天人は煩悩から解放されていない為に、
再び人間界に生まれてくるという。
話がピッタリ符合するが、実際にその通りだと獣も思う。

「その為には厳しい欲望の制御が必要であり、煩悩を断つ修行から始まる」

とのことだが、振り返れば、獣も厳しい禁欲的な修行によって渇愛を滅却し、
生死解決に至り、生への執着から解放され、永遠の安楽生である涅槃に達した。

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「煩悩即菩提」という言葉をご存知だろうか。
Wikipediaには次のように説明されている。

「原始仏教においては、煩悩を滅することに主題がおかれ、
それにより悟りが得られるとされていた。
しかし、時代を経て大乗仏教の概念が発展すると、
すべての衆生は何かしら欲求を持って生活せざるを得ず、
したがって煩悩を完全に滅することは不可能と考えられるようになった。
また煩悩があるからこそ悟りを求めようとする心、
つまり菩提心も生まれると考えられるようになった。

したがって、煩悩と菩提は分けようとしても分けられず、
相(あい)即(そく)して存在する。
これを而二不二(ににふに)といい、二つであってしかも二つではないとする。
これは維摩経に示される不二法門の一つでもある。

この色(しき、物質的)の世界は空であるが、それ自体がすべて真如の表れである。
したがって悟りを妨げる煩悩も真如の一面から現れたものである。
したがって煩悩を離れて菩提は得られない。
また逆に菩提なくして煩悩から離れることはない。これが煩悩即菩提であるとする。

なお、煩悩即菩提といえば、矛盾する言葉が「即」でつながっていることから、
煩悩=菩提、煩悩がそのまま悟りである、と考えられやすいが、これは誤解であり、
危険と言われる本覚思想につながるため、間違いであると言われる。
あくまでも紙一重、背中あわせで相対して存在しており、煩悩があるからこそ苦を招き、
その苦を脱するため菩提を求める心も生じる、
菩提があるからこそ煩悩を見つめることもできる、

というのが煩悩即菩提の正しい語意である、と言われる」


煩悩が大きければ大きいほど、大きな苦を招くことになり、
それによって菩提を求める心が生じ、煩悩を見つめることができる。
これはバシャールが説く「輪ゴムのアナロジー」と通底するが、
決して煩悩を追求して解脱に至るという意味ではない。

これは、「マズローの五段階欲求説」にも符合する話である。

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これは一つの理論として納得できる一面があり、
獣も度々紹介してきたが、根本的に釈迦の教えと矛盾するものであり、
「煩悩即菩提」の誤った解釈に類似するものである。

解説は割愛しようと思ったが少し書いておくと、
アメリカの心理学者アブラハム・マズローが提唱した仮説で、
人間の欲求は5段階のピラミッドのようになっているという。

1段階目から順に「生理的欲求」「安全の欲求」「親和の欲求」「自我の欲求」
「自己実現の欲求」となっており、簡単に説明すると以下の通りである。

1&2.生理的欲求と安全の欲求……人間が生きる上での衣食住などの基本的な欲求

3.親和の欲求……他人と関りたい。
  他者と同じようにしたいなどの集団帰属の欲求

4.自我の欲求……自分が集団から価値ある存在と認められ、
  尊敬されることを求める認知欲求

5.自己実現の欲求……自分の能力や可能性を発揮し、
  創造的活動や自己の成長を図りたいという欲求


1段目の欲求が満たされると、自然に1段上の欲求を志すというものである。
つまり、低次の欲求が満たされると自然に高次の欲求を目指すという理論だが、
かなり疑問に思うことも事実である。

釈迦は何不自由のない王子として生まれ、1〜4は生まれながらにして実現していた。
が、それを全て捨てて出家し、5の自己実現を果たした。
4までの欲求を満たして5を目指したのではなく、1〜4を放棄したのである。

仮に、4までの欲求を満たした場合を想定してみよう。
即ち、自我の欲求……集団から価値ある存在と認められ、
尊敬されることを求める認知欲求を満たしている人
=組織のトップに立つような人だが、考えなくても分かるはずだ。

一概には言い切れないが、大抵の場合は往々にして傲慢になり、
また現在の地位や名声や権力に執着しているものである。
また、基本的に経済的にも物質的にも満たされた生活を実現しているはずだが、
その状態が当たり前のようになり、更にもっと多くを求めるようになる。

人間の欲望には際限がないからであり、世間一般にいう成功は多くの場合、
「人生の失敗」だと主張してきた意味がよくお分かり頂けると思う。
もし、更なる我欲を追求せず、現状に満足できていたとしても、
それはそれで、真理を求めて悟りを目指すようにはならないだろう。
苦を脱するため菩提を求める心が「煩悩即菩提」だからである。

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4までの実現は悪神「アトン」の力によるもので、
著しく意識の堕落を招くものである。
それが突如として反転し、
5の欲求を追求するようになることは極めて稀であろう。

4を「社会的な成功」、5を「自己発見(真我覚醒)」に
置き換えて見ればよく分かるが、マズローの仮説に従えば、
社会的に成功して豊かな生活をしている者しか、
解脱して涅槃に入れないということになる。

だが、実際には逆のケースの方が殆どではないだろうか。
もちろん、貧困で苦しんでいても悟りが開けるわけではない。
衣食住もままならない状態になれば解脱できるなら、
アフリカの難民はみな仏陀ということになってしまう。

もちろん、獣はそのようなことを言っているのではない。
解脱して自己実現を果たす為には、煩悩を滅却し、
基本的本能の制御にまで手をつける必要があるのだ。
その過程では苦行のようなことも避けては通れない。

「だが、そこに一つの落とし穴がある。
欲をなくして「悟りを開く」という、
一種の精神修養、精神鍛錬法にしかすぎなくなってしまう」


それはもちろんその通りで、苦行は目的ではない。
釈迦は「苦行では悟れない」と言ったが、苦行を否定しておらず、
悟りを開くプロセスで苦行を積んだことも事実である。
それによって、釈迦は「中道」という悟りを開いたのである。

但し、現代社会に生きる我々が、
世俗を離れて一切の煩悩を断つ生活をするのは不可能である。
また、そうしなければ解脱できないとか、悟りが開けないとか、
アセンションできないということはない。

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欲望のコントロール……
それは欲望を制圧して我慢するということではない。
当たり前のことに感謝の念を持てるようになる為には、
多少そのような経験も必要だが、根源的なことに目を向けなければならない。

人間の自我欲望は、副守護神(悪神アトン)によって支配されている。
副守護神を改心させる為に、内観や祝詞という方法があるのだが、
「食事改革」によって改心させることが基本となる。

獣は、人間の第一の基本的本能である「食欲」が、
あらゆる欲望の根源となっていることを体験的に知っているが、
断食を経験したことのある人は多少なりとも理解できるだろう。

獣は「みどり玄米」というものを密売しているが、
生産者のBL研究所の冨田哲秀氏は、
20歳の時に「人間の煩悩の原因は食にある」と気づき、
それ以来、玄米食家で、20年前から食養指導を始め、
多くの慢性疾患を改善に導いてきた実績を持っているという。

機密資料には資料には次のように書かれている。

「その昔、釈迦やキリストが悟りを開くために実施したのが、
実は7号食だったそうです。
余計なものを省いた100%の食事は、精神面を充実させ、物質欲を減少させ、
肉体的には体内の老廃物を除去し、血液を浄化するのです」


涅槃には「無余涅槃」と「無余涅槃」があり、
無余涅槃は完全なる涅槃の到達を意味するが、
有余涅槃は、心は解脱して業を消滅させているが、
まだ肉体の穢れ(業)が残っている状態をいう。

「食育革命と超人進化」はしばらく休止状態だったが、
まずは半日断食(朝食抜き)を実現してもらいたいからでもある。

汝、グリーンライスで食い改めよ!
http://kemono666.seesaa.net/article/272012407.html
posted by ZERO at 07:25| Comment(44) | 超科学と意識進化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
煩悩=菩提だと思っていました・・・
本覚思想は危険なのですか・・・
危険!近寄るな!と云われたら、ふつふつと・・・(フフフ)


わたしは目下、殷墟に夢中なのですが、神秘の北緯30度線って存在するのでしょうか?
http://www.skm.com.tw/event/201112civilization/secret.html


三星堆遺跡の近くの金沙遺跡で「太陽神鳥」と呼ばれる金の装飾品が出土したそうで、興味深いです。
http://www.peoplechina.com.cn/home/second/2011-10/20/content_399646.htm

↑ の記事中、九本の柱が日本の神社の淵源であるとかないとか・・・


北緯30度線付近って、なにかあるのか検索してみました・・・

ハジさん、ちょっとお願い^^;

北緯30度は日本民族と琉球民族の境界?
http://blog.goo.ne.jp/plaintiff3/e/f086bd74514dbcdd10c3236f321edd2c

それと、例のアレが沈んでるそうなんですよ・・・
「北緯30度43分、東経128度04分、長崎県男女群島女島南方176キロ、水深345mの地点に沈没している」
http://waiwai.map.yahoo.co.jp/spot?sid=eJPAhGGGh9TxRA3MCz3uM_M8mdAH5L_la.49SQyndoPL
Posted by 葛篠宮 at 2012年10月15日 17:48
「米政府は、沖縄の人々(琉球民族)は日本民族とは種族が異なると考えた」ってのは面白かったです。アイヌ系が濃いってことかなぁ???

戦艦大和ですかぁ・・・確か最近何か見たぞ!!(汗)
戦闘詳報に日米の食い違いがあり、沈没の仕方に何たらかんたら捏造がどうたら・・・
Posted by 破地獄の種子 at 2012年10月15日 22:38
いつもありがとうございます(礼)

すごい呼び方の位置に沈んでいますね^^;

今の時点でぼんやり感じていることは、まずシュメールありきであって、ユダヤやイスラエルの発生は、シュメール外伝というべきなんではないだろうか・・・?ということなんです。

原初性とはシュメールであって、聖書のエデンの園ではないのでしょうね。

本編を読まなきゃ・・・ね。
Posted by 葛篠宮 at 2012年10月15日 23:52
そうですね、シュメールが全てだと同感です(納得)
Posted by 破地獄の種子 at 2012年10月16日 00:01
ここまできて、考察内容を概観すると、主題は東西の融合というよりは南北の統合ということなのでは・・・?と感じます。
南北問題は個人レベルの統合問題とシンクロしているような・・・

東西の問題は全体としての融合でOKなのだけど、父系イスラエル・母系ヒッタイトという表現に象徴されるように遺伝子の掛け合わせの結果としての個人問題が南北分断国家という結果なんでは・・・

そういう視点から北緯30度線を日本の南北の接点とする米軍の見方は問題の本質を見事についているというか・・・。

黄金太陽は南北であっても、けっして東西ではない。
東西の融合では黄金太陽は完成されない。


南北朝とは、すんなり南系と北系の系統に分けられるものなのでしょうか?
そもそもイスラエルの発生とはなんなんだろう?
ヤコブが天使と相撲をとって、勝ったから「イスラエル」の名を与えられたのだけど・・・

初めての情報なので、よくわからないのだけど・・・

メルエンプタハ石碑―シャス人の神?
http://55096962.at.webry.info/200905/article_4.html
Posted by 葛篠宮 at 2012年10月16日 08:34
よく分かりませんが、プタハ神!?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%82%BF%E3%83%8F

Posted by 破地獄の種子 at 2012年10月16日 18:30
南北といえばやはりナルメル王の赤・白の平氏・源氏でしょうか!?

http://home.ktroad.jp/kazumi-t/egypt/memphis.html
「紀元前3千年頃までエジプトは南北(あるいは「上下」ともいわれます)エジプトに分かれていました。
これをまとめ統一王朝としたのが古王国第一王朝のナルメル王だといわれています。」
「南北エジプトが統一されたことによって象徴的なのが王の冠です。
古代エジプト時代の王は、南(下)エジプトでは「赤冠(デシュレト)」を、北(上)エジプトでは「白冠(ヘジェト)」を被っていました。これが南北統一後のエジプトでは二つの冠の特徴を合体させた「二重冠(プスケント、またはプシェント)」と呼ばれる冠を被るようになり、これがエジプト全土の王であるという象徴にもなりました。」
Posted by 破地獄の種子 at 2012年10月16日 21:09
ナルメル王・・・まったくわからないです・・・

ヘジェト・デシュレトとは語呂がいいですね。

デシュレトとは、
下エジプトの支配者が被る紅色の冠。コブラの女神ウアジェトを象徴する。
ヘジェトとは、
上エジプトの支配者が被る白色の冠。ハゲタカの女神ネクベトを象徴する。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%82%B9%E3%82%B1%E3%83%B3%E3%83%88



紅がコブラ・・・女神ウアジェト
白がハゲタカ・・・女神ネクベト
Posted by 葛篠宮 at 2012年10月17日 01:16
父系イスラエル・母系ヒッタイトの言霊の為せる業なのか、エジプトをさまよってます(汗;)

ウアジェトがウジャトであり、ということはウジャトの目は、コブラの目?
で、蛇形記章というのがツタンカーメンの額にあるらしいこと、これが上下エジプトの統合の象徴であるらしいこと・・・などなど(疲労)

蛇形記章(ウラエウス)http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%9B%87%E5%BD%A2%E8%A8%98%E7%AB%A0
「後にファラオが太陽神ラーと同一視されると、蛇形記章から女神の炎の眼による火が飛び出して敵からファラオを守ると信じられるようになった。ラーの目は一部の神話では "uraei" と呼ばれている。ウアジェトはこのような信仰のずっと以前から存在しており、この目も元々はコブラとしてのウアジェトの目だった。その後、月の目、ハトホルの目、ホルスの目、ラーの目と時代によって様々に呼称されている。」

・・・なんやら何処ぞの神宮の祭祀と似たような話し・・・


で、なんで上下に分かれていたのか?
ひとつが分かれたのか、もともと別物だったのか?

・紀元前30000年頃、エチオピア・スーダン方面から古代エジプト人の祖先が移住して来る
・紀元前4500年頃、下エジプト下流域の陸地化が進み、入植が始まる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%A8%E3%82%B8%E3%83%97%E3%83%88

続いて、
・紀元前3500年頃、まず上エジプト、そして下エジプト、二つの統一国家ができる

上エジプトの主神はホルス神であり、下エジプトの主神はセト神ということですが・・・ホルス+セト=黄金太陽?(スルーで)


なんか難しくてよくわかりませんが、
「古代日本、エジプト、メキシコに計画的に天文観測所が設置された」
http://agnes2001.blog.fc2.com/blog-entry-274.html

↑北極をまたぐ50°-60°-70°の三角形が登場します・・・


一体エジプトって?
わたしはシュメールを調べたいのに・・・(どう違うのかあやふやですが)


・紀元前2550年頃、クフ王、カフラー王、メンカウラー王がギザの3大ピラミッド造営。

エジプトが最大版図になるのは、それから1000年してからです。

「エジプト新王国時代(第18 - 20王朝)」

紀元前15世紀における古代エジプトの最大版図
領土がナイル川流域を越えて最大版図となり、「帝国時代」とも呼ばれる。
首都:テーベ
紀元前1540年頃、イアフメス王によるヒクソス放逐、再統一(エジプト新王国時代)。
紀元前1500年頃、トトメス1世がユーフラテス河畔まで侵攻、オリエント一円を属州とする。
紀元前1490年頃、ハトシェプスト女王の統治。
紀元前1470年頃、トトメス3世によるアナトリア、アジア遠征。ヒッタイトバビロニアを属国化。
紀元前1360年頃、アメンホテプ4世(アクエンアテン)によるアマルナ宗教改革(伝統的なアメン神を中心にした多神崇拝を廃止、太陽神アテンの一神崇拝に改める。世界最初の一神教といわれる)。戦闘を避けたため国力が一時低下する。
紀元前1345年頃、ツタンカーメン王によるアメン信仰復活。
紀元前1300年頃、セティ1世によるアジア遠征。
紀元前1285年頃、カデシュの戦い(ラムセス2世、対ヒッタイト)。
紀元前1270年頃、ヒッタイトと和平条約。
紀元前1220年頃、海の民の侵入。


↑ 「海の民」と「ヒッタイト」が登場します。

前出のメルエンプタハ(ラムセス2世の第十三王子)の第19王朝も、この時期です。


「ラムセス2世の第21年(紀元前1269年)、エジプトとヒッタイトは平和条約を結んで休戦し、ラムセス2世はヒッタイト王女を王妃に迎えた。これは世界史で最初の平和条約と呼ばれる」

・・・ラムセス2世とヒッタイト王女の間に子供はいたんだろうか・・・?
あと、メルエンプタハ石碑・・・
「ラメセス2世の息子メルエンプタハ王の時代の記録だ。かつては、旧約聖書に書かれた「出エジプト」の王であり・・・」
http://55096962.at.webry.info/200905/article_4.html


・・・なんか気になります・・・なりません?

妄想は飛んで飛んで・・・イエスはクレオパトラの子か孫だったんじゃないか・・・なんて(スルーで)

「エフェソスはヘレニズム都市として栄えたが・・・」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%95%E3%82%A7%E3%82%BD%E3%82%B9


以上ご検証、よろしく(礼)
Posted by 葛篠宮 at 2012年10月17日 10:37
検証と言われましても・・・(汗)

ホルスの目は松果体という説もありましたよ
http://makaula.blogspot.jp/2012/02/60.html

ホルスの右目が太陽、左目が月・・・イザナギは左右が逆なんですよね・・・何を意味しているんやら???

確かにクレオパトラとイエスは70年くらいの差らしいですね(汗)
ヨセフ一家のエジプトへの逃避の話もあります。
Posted by 破地獄の種子 at 2012年10月17日 16:15
美しいサイトですね。
瞑想にぴったりですね。


今日の考察で、おぼろげに感じているのは、イスラエルは人類の蜃気楼のようなものなのかも・・・ということです。
もしかしたら、考慮しなくても世界史に対する理解は流れるのだけど、あえてその虚構を現出することで、霊性を補完させる・・・

物的世界の成長を導くために、言語手段による精神世界を存在するかのごとく洗脳する・・・

RNAワールド仮説に似ているというか。

エジプト第18〜20王朝期の出来事を眺めて、海の民が日本まで来ることあっても不思議ではない・・・と感じます。

この考察のシンボルのようなものを設定したいと思うのですが、何をしたいのか自分でもわからない・・・(苦笑)
もっともミッションですから当然なのですが。

ひとまずは、「六芒星の中に十芒星が描かれた玉が大和大物主奇甕玉命(大大和国玉命)であり、天下万物聚類化生大元神宝」を望んでみます。
http://8906.teacup.com/toraijin/bbs/1410

↑この方はこちらの方と同一人物なのでしょうかね???

http://8906.teacup.com/toraijin/bbs/1410

しかし、「六芒星の中に十芒星」って、どこかに画像ありますでしょうかしら?・・・ん?
Posted by 葛篠宮 at 2012年10月17日 18:20
あ、瑞草会さまのを貼るつもりで・・・(汗;)

http://www.geocities.jp/zuisoukai/myouhouren5.htm


Posted by 葛篠宮 at 2012年10月17日 18:26
棘の紀氏さんはココの人だと思うので多分、元ネタに使用しただけではないかな!?と
http://www.asahi-net.or.jp/~rg1h-smed/index.html

六芒星の中に十芒星ってのは見当たらないですね〜
ただ描かれたのは六芒星の中であって、玉に描いたとはないですから球体の中に六芒星と十芒星???
ってことは透明でないと中身が見れませんね・・・
水晶とかの中に・・・何て技術があったのか???(妄想)
Posted by 破地獄の種子 at 2012年10月17日 19:22
瑞草会にお名前のある石沢貞夫さま・・・月海貴樹さんと本を著してらっしゃるのですね。

じゃ、この方は?
http://blogs.yahoo.co.jp/roro2734/60581679.html

九州の方ではないですね。飛騨の方ということです。
Posted by 葛篠宮 at 2012年10月17日 19:49
確かに高山で符合しそうですね!
Posted by 破地獄の種子 at 2012年10月17日 20:06
「私は石上神宮の十種神宝はユダヤ秘教文献の『天使文章』の図形と同じ物が七種あることを図説した。十種祓いの呪言で唱える、「天下万物聚類化生大元乃神宝(アメノシタヨロズモノノタグイイデナムオオモトノカンダカラ)」は、イスラエルのエルサレムの地下にある聖なる岩のエベェン・シティア(万物が発生したとされる世界の礎石)に起因することなどを考え合わせると、日本神道とイスラエルの深い関係がわかるというものだ」
http://8906.teacup.com/toraijin/bbs/1410

天下万物聚類化生大元乃神宝の正体がさっぱりなので、エベェン・シティアで検索すると、自分のコメントが出てきた(汗;)
http://kemono666.seesaa.net/pages/user/m/comments/regist/input?article_id=270836904&page=2

伊都許利命は杉の木の下から7つの玉を掘り出し、それを神体として和久産巣日神を併せ祀った・・・自分で書き込んであんまり覚えてないんだけど、なんか関係あるのかもしれない・・・

エジプト王朝が雛型で、エルサレムはカバーだとしたら、すんなり疑問は解けるような気がするけど・・・

・・・どうやろ?
Posted by 葛篠宮 at 2012年10月17日 21:00
エベェン・シティアは八咫鏡(天下万物聚類化生大元乃神宝)であり、大和大物主奇甕玉命・・・ナルホド、エベェン・シティアとは初めて知りましたが、何か波動が出ている気がします。

・・・万物が発生したとされる世界の礎石・・・
Posted by 破地獄の種子 at 2012年10月17日 22:49
・・・万物が発生したとされる世界の礎石・・・


「応神天皇20年、神八井耳命の8世の子孫である印旛国造・伊都許利命が現在の成田市船形に社殿を造営し、その鏡を神体として稚日霊命を祀った」

「また、伊都許利命は杉の木の下から7つの玉を掘り出し、それを神体として和久産巣日神を併せ祀った。」

「2神は「真賀多真(勾玉)の大神」と呼ばれた。」
http://www.genbu.net/data/simofusa/makata2_title.htm


真賀多真大神とは、稚日霊命と和久産巣日神・・・ということになるのかな?

稚日霊命のご神体は鏡(船形)
和久産巣日神のご神体は7つの玉(台方)・・・


あ、なぜか豊受大神を生んだ和久産巣日神を連想したので・・・
関係ないかな・・・
でも・・・どうだろ・・・なぜか気になる・・・

鶴(如意宝珠)と亀(六芒星)がちらちらするのだけど・・・

疲れた・・・おやすみなさいませ。
Posted by 葛篠宮 at 2012年10月18日 00:55
エベェン・シティアは聖なる岩で、岩のドームの中にあるそうです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A9%E3%81%AE%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%A0

こちらでは、岩=女性、剣=男性と捉えておられるようで、なるほどと思いました。
http://leyyline.blog60.fc2.com/blog-entry-21.html

岩のドームは嘆きの壁の近くにあって、八角形の建物の中に「エベェン・シティア」はあるそうです。
http://blogs.yahoo.co.jp/todorokiwann/21622176.html


イスラム・ユダヤ・キリストの3宗教の聖地であることから、争いの元となってるようですね・・・
でも、ここに答えがあるようには感じない・・・

クレオパトラとイエスの関連について、やはり気になって・・・

むしろ問題はエフェソス、あるいはアルテミス信仰にあるのではないか?という気がしています。

アルテミス神殿
「エフェソスのアルテミス神殿は、神々のただひとつの家である。一目見れば、ここがただの場所ではないことがわかるだろう。ここでは、不死なる神の天上世界が地上に置かれているのである。巨人たち、すなわちアロエウスの子らは、天に登ろうとして山々を積み上げ、神殿ではなくオリンポスを築いたのだから。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%86%E3%83%9F%E3%82%B9%E7%A5%9E%E6%AE%BF

「また、エフェソスで鋳造されたコインでは、その多数の乳房を持った女神が、キュベレーの特徴として見られるように、城壁冠(胸壁形の金冠)をつけている。そして、蛇が絡み合ってできた柱、またはウロボロス(自分の尾を自分の口に入れている蛇)を積み上げたものに手を置いている」


アルテミス
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%86%E3%83%9F%E3%82%B9
「小アジアにおけるキュベレーなどの大地母神信仰と混交して、独特なアルテミス崇拝が存在していたと想定されている。それは植物の豊穣や多産を管掌する地母神としてのアルテミス崇拝であった。この信仰は、古代ギリシアの森や山野の処女女神アルテミスのイメージ・原像とは異なっている。また、出産の女神でもあったアルテミスの原像ともかなり異なっている。」


かなり記紀の神観に似ている気が・・・
この信仰を、あの「パウロ」が偶像崇拝のやり玉に挙げていたような・・・

「キリスト教における使徒であるパウロスには、『新約聖書』に『エペソス人への書簡』があり、エペソスの人々にキリスト教徒のあり方を語っているが、パウロスはアルテミス信仰と正面から戦いを挑んでいたとも考えられる(『使徒行伝』はエペソスにおける女神信仰の様を偶像崇拝と記している)。」



パウロはローマ政府のエージェントなのでは?
古代エジプトプトレマイオス朝最後のファラオであるクレオパトラ7世没後の地中海支配の戦略としてキリスト教を立ち上げていったのではないか・・・?

「女神の壮麗な神殿は、キリスト教の地中海世界への伝播とともに信仰の場ではなくなり、やがてゴート族の侵攻で灰燼に帰した。」

「ローマ皇帝ガリエヌスの治世の262年、再建された神殿は、ゴート人の襲撃の中で略奪・破壊された。「ゴート人の指導者たちは、船を操り、ヘレスポント海峡(現在のダーダネルス海峡)を越えてアジアにやってきた。多くの都市が破壊され、有名なアルテミス神殿に火をつけた」(Jordanes in Gtica:xx.107)と伝えられている。
それから200年の間に、エフェソスの人々の大多数はキリスト教に改宗し、アルテミス神殿はその魅力を失った。こうして、キリスト教徒によって神殿は完全に破壊されてしまった。その残骸の石は他の建物に使われ、神殿の跡地にはキリスト教の教会が建った。」

・・・どうやろ?
Posted by 葛篠宮 at 2012年10月18日 10:56
エフェソスは現在のトルコということで、殷墟を支配していたというアラムのイシン王朝との関連を思ったのですが、ズバリなようです。

http://plaza.rakuten.co.jp/phoenix3/diary/201101030000/


今、沖縄で沸き起こっていることとシンクロしているような・・・
わたしはこれを事実だと信じているし、このために超常現象が起こったのだと判断します。

「数千年以上も、どうやら彼らは地球の端の誰も望まぬような厳しく寒く痩せたシベリアに住んでいました。
その遊牧の集団が長い期間をかけて数と獰猛さを増しヨーロッパ北東からヨーロッパ大陸に群がり南下し侵略してきたのです。
彼らは最初のインド・ヨーロッパ語族あるいはアーリア人といわれるクルガン人です。
あるクルガンの野営地では、女性住民のおおかたはクルガン人でなく、新石器時代の太古地母神《女神》崇拝の人々であったことが発掘資料から判明しています。
このことが暗示しているのは、クルガン人が、その土地の男性や子供たちの
大部分を虐殺し、女性たちのある者だけを助けて妻や奴隷にしたということです。
遺跡から農機具のみで武器というものが見あたらない【平和】で【民主主義】な社会が営まれた《女神》崇拝社会が破壊され、男性的支配社会のはじまりでした。
インド・ヨーロッパ語族は、先の文明を築いていた太古地母神《女神》を崇拝する農耕民族を次々侵略していったのです」ーセレンディピティさんの記事より


数年前、「ブラック・アテナ」という本に遭遇しました。
専門知識がないので理解するには程遠いのだけど、テーマだけはのみこめました。
http://www.shinhyoron.co.jp/cgi-db/s_db/kensakutan.cgi?j1=978-4-7948-0737-3


十分に世界がこれを受けとめられる土壌ができたから、終末なのだと感じます。
これが、(わたしの)血の中にある、遺伝子の中に組み込まれている原罪です。
Posted by 葛篠宮 at 2012年10月18日 11:39
磐長姫は「聖なる 岩石(いわさか)」らしいですよ!
月の女神=イシス・・・石で磐長姫、月の女神繋がり=アルテミス(無理やり〜 笑)

イシスはアテナらしいですし、ブラックアテナも何だか磐長姫に重なりません?

太古地母神《女神》・・・・まぁそういうことでしょう(笑)

イシスはイザナミでもあり、西王母にもなるかもしれません(汗)
Posted by 破地獄の種子 at 2012年10月18日 16:13
そうですね・・・

ますますパウロという男に興味津津・・・

イエス:パウロ=家康:天海・・・?

磐長姫が聖なる 岩石(いわさか)・・・びっくりですね。
なぜ彼女がそんなに重要なのか不思議であったのですが、元伊勢大江山の天皇神道もなにかあるのかな・・・
http://ameblo.jp/mametantantan/day2-20110825.html

しかし・・・大江山・藤沢にはなにかあるのでしょうね。
藤沢には葛原親王を祀る神社があるらしくて・・・
http://blog.goo.ne.jp/kazurahara_001/e/aa9643ae1b3c8a17ad6dc3d3a29dfe0a


母系ヒッタイト・父系イスラエル・・・フルリ人・・・石上神宮・・・月神シン・・・金星神イナンナ・・・ぜんぜん違いがわからない・・・


エンリルの最初の子がナンナ(シン)、金星神イナンナもエンリルの子・・・
エンリルはマルドゥクと同一視されることも・・・


・・・アルミテスはアマテラスに似てますね・・・
Posted by 葛篠宮 at 2012年10月19日 09:43
「イワナガ姫は、地球存亡の重大時期の救世主」「神奈川県は藤沢の地、伊勢山御座所に命代渡邊兼子をもって降臨」

これはビックリですね〜

丹沢・阿夫利山も確かに聖地ですね!
Posted by 破地獄の種子 at 2012年10月19日 12:56
なんで藤沢なんでしょうね・・・遊行寺もあるし、寒川神社もそのあたりといえばそのあたりですね。相模。

・・・どうしてもフルリ人が気になるのです。
ミタンニとか・・・

アメン大神官アイ=ファラオ「ケペルケペルウラー」ですが、
両親はイウヤとチュウヤ・・・
しかもツタンカーメン王妃ネフェルティティは、彼の娘であるという説も・・・
ミタンニにルーツがあるそう・・・
「即位時すでに高齢であり、治世が短かったため、これといった治績はない。ツタンカーメン時代にアメン信仰を復活させたのは彼の功績であるとされる」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4_(%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%A9%E3%82%AA)

フルリ人を理解できれば、日本の歴史も理解できる気がするのですが・・・
逆にいえば、フルリ人が理解できないなら、すべてを見誤る気がする・・・


妄想的願望としては、記紀はメソポタミアやエジプトの列記であり、フルリ人は藤原家である(爆)ならば、いいじゃん(ヤケクソ)
Posted by 葛篠宮 at 2012年10月19日 13:51
「クナト神=イクナートン王=フルリ人=フルの御魂」http://www.geocities.jp/zuisoukai/izumokunato.htm

しばし離脱しまする〜(礼)
Posted by 破地獄の種子 at 2012年10月19日 14:29
エジプト人、フルリ人、ユダヤ人の分け目は、アテン信仰か、アメン信仰かに分かれる・・・というふうに読めますね・・・

その記事は「クナト神=イクナートン王=フルリ人=フルの御魂」という意味なのですか・・・

恐るべし言霊ですね。

ツタンカーメン展の展示物、イウヤとチュウヤの墓からの出土品もたくさんあったようです。

アメンとアテンは神のみぞ知る・・・
上野の丘のハルマゲドンですかね・・・
Posted by 葛篠宮 at 2012年10月19日 16:13
あの・・・それはつまり、出雲=アテン信仰ということですか?

出雲の祀り事が、大国主に対するものではなく、大国主が祀る神に対する・・・というのがそれってことですか・・・?

Posted by 葛篠宮 at 2012年10月19日 18:50
いやぁ、如何なんでしょうかねぇ(難)
フルリ人=フルの御魂ってのがインスピレーションであっただけで、まさかクナトとイクナートンってのは?です。

出雲族はやっぱりバアルでアモンで蚩尤だと思うんですが・・・

大国主についてはですね・・・
出雲族なのか先住出雲神族なのかが僕は迷っている最中ですので何とも・・・どちらにしてもアテン信仰ではないような???

アマテラス信仰がアテン信仰だと思うので、ちょっと大国主というのは、僕は違うイメージですね。

まあ、何が言いたいのかと言えば、よく分からんっ!!(爆)
Posted by 破地獄の種子 at 2012年10月19日 19:21
繰ってみると、15日からまだ4日しか経っていないのに、とても長い間、お相手していただいたように感じます。
ずっとコダック状態でしたが、すこし楽になりました(礼)

・・・今はそう感じないのですが、K氏との間に起きていることが「量子テレポーテーション」なら説明がつくと思っていました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8F%E5%AD%90%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%86%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3

そういうことってあるかもしれないと思いますか?
たとえば、わたしとあなたの間で・・・

そういうことが起こるふたり(EPRペア)って、特別な運命を共有しているのだと以前は考えていました。

しかし、今は純粋思考においてこそ、それは起こるんだと感じます。
(ネット内部における)そのときのEPRペアは、不特定なんだろうと思います・・・うまく言えないけど・・・

なにが言いたいかというと、21年前、それが起こったとき、

瀬をはやみ 岩に裂かるる 滝川の・・・を恋愛歌だと思って、その真相を確かめるべく多大な時間とお金をかけたのですが、答えは得られなかった。

10年前から起こった第2弾において、今、この歌は部族の歌なんだろうと思うのです。
あなたとは同じ部族の部分もあるのでしょう。

ヒッタイト・・・ウラルトゥ・・・ヤマトゥ・・・トゥ(仮面ライダーか)

そういえば、橋下氏と週刊朝日の件も、妙に共時性を感じました。
すべての日本人の出自を明らかにするべきときに来ているんでしょうね・・・
Posted by 葛篠宮 at 2012年10月19日 21:10
出自は難しいんじゃないですかね、多民族国家ですから(汗)

ヤマトゥといえば、ヤ(ヤハウェの)マトゥ(民・部族)らしいですね!弓月国にも「ヤマトゥ」という地があったとか。
Posted by 破地獄の種子 at 2012年10月19日 22:08
まあ、人の出自を暴くなら、暴いた本人も同程度暴かれるべきでしょうという意味です。
わたしもあんまり人の出自とか生活とか、興味がないので・・・
霊的な因果関係に役立つことは、興味ありますけどね・・・

ヤハウェの民ですか。
わたしはそうです(多分)

アメンやアテン関連は、神仙組にも豊富に記事がありますが、とにかくこのあたりは複雑過ぎて、頭がついていきません(汗;)

ヤジロウ降臨より展開された局面ですが、要するに「ウバイド」でいいのかな・・・?

少し海の民になって、波と風を待ちますか(笑)
ごだいさんのセレンディピティさんの感想も伺って参考にしたいですし・・・ね?
Posted by 葛篠宮 at 2012年10月19日 22:52
ウバイド・ウワイト・倭人でしたっけ!?
セレンディピティさんでは、苗族でしたね。
Posted by 破地獄の種子 at 2012年10月19日 23:27
細かい(細かくないか?)ところまでは、まだまだ理解していません・・・
セレンディピティさんもそういう検証のされ方に、キーワード検索を外されたのかな・・・と感じてます。
イルカさんのように、ご自身のブログ記事の無断引用・無断リンクをご存じの上、ご容赦?下さっている方は他にもたくさんいらっしゃるのでは・・・

勝手な解釈かもしれませんが、わたしは皆様の総力の結集である知識の大海を、閣下の舟で航海しているようなつもりです。
目的地に到達するにはそのルート以外にない・・・すみません・・・だんだん自粛するようにはしていますが(汗;)


ところで、ウバイドですが、また新たな語り部に遭遇してしまいました。
なんか髪の毛が立つような感じなので、気になります。

児島宮歴研会さま:http://6245.teacup.com/kojimakousi/bbs/181

http://kodainolekisikan.web.fc2.com/index.html

↑ この中で登場する蒸し器の紋様・・・中尊寺の三つ穴灯篭にあったのと似ている・・・
http://kemono666.seesaa.net/article/290926155.html
Posted by 葛篠宮 at 2012年10月19日 23:47
わたしが苗族を知ったのは、始皇帝が封禅の儀を行おうとしたときのエピソードによってですが、苗族は行方不明になったということでした。

しかし、それが苗族であったか、さだかではないです。
夏の天氏という児島宮さまの記事に遭遇しました。
http://www2.ezbbs.net/22/yasumati/


ゆうべ、NHKで地球生命体は火星からやってきたとの話を放送してましたが、近年解明されてきた説の流布を阻むものが、古い教育を受けてきた権威たちの固執(とまでは言ってませんでしたが)であるとのことです。

・・・今は、児島宮氏を勉強中です。
http://lekikenkai.progoo.com/bbs/lekikenkai_thread_2.html
(174の豊玉姫と玉依姫のところ、おもしろいです)
Posted by 葛篠宮 at 2012年10月21日 08:58
「斯蘆国(さろ)国
春日住吉に、豊玉姫と玉依姫は居た。」

これは確かに面白いですね!
Posted by 破地獄の種子 at 2012年10月21日 13:50
その番組は僕も少し耳にしました。

「私の知っている範囲では、人類の基礎となる
「基アミノ核酸」は金星と火星の両方から提供された。
その時期は、現在の西暦からは話せない」

というアリオンの話を思い出しました。

Posted by 獣 at 2012年10月21日 15:24
閣下、おかえりなさいませ(礼)
ご無事でなによりです^^
閣下とおなじ番組見てたなんて感激ですわ!

破地獄さん、ありがとうございます。
また行き詰ったら、ハジゴコールしますね^^
あなたもなにかあったら教えてくだいさい。
よろしく^^
Posted by 葛篠宮 at 2012年10月22日 01:20
さっそくで申し訳ございませんが、小笠原幻夜斎について考察未分野のため、ご協力お願いしたいのですが・・・^^;

職場の先輩(といっても30歳男性)ですが、2日前、なぜか突然話しをするようになり、新撰組四番隊組長の子孫と知合いらしく、なんか意味あるのか調べていて、小笠原幻夜斎で留まっています。

新撰組四番隊組長
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E5%8E%9F%E5%BF%A0%E5%8F%B8

「大坂で関口流柔術の道場を開いていたと言われる・・・」


関口流・・・
関口新心流
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%A2%E5%8F%A3%E6%96%B0%E5%BF%83%E6%B5%81

「柔術と併せ剣術や居合術も伝承し、この三術で一武道体系を築く流派で、幕末まで紀州徳川家御流儀のひとつであった。

関口氏は今川氏庶流であったが、松平元康(徳川家康)の正室 築山殿が関口氏出身であったこと、桶狭間の戦い以後の今川氏の没落、今川氏真との確執により、松平氏(徳川氏)に仕えることとなる。氏心の父・関口外記氏幸は家康の嫡子松平信康の家臣であったが、信康の死後は浪々の身になったとされる」

築山殿
「築山殿と唐人医師減敬との密通」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AF%89%E5%B1%B1%E6%AE%BF

この「唐人医師減敬」が、山本勘介が今川家に送り込んだ忍者小笠原 幻夜斎であったそうなのですが・・・
Posted by 葛篠宮 at 2012年10月22日 13:00
松原忠司から随分飛びましたねぇ(汗)

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1220056317
「風魔は通称、風魔一党の頭目は小笠原幻夜斎
小笠原の親分は後北条が滅ぶと盗賊の頭になり
関東に移った家康が開発を始めた江戸で
小笠原盗賊団は大いに荒らし回り
江戸町奉行所の追討にかかり幻夜斎は処刑」

風魔小太郎ではないかという説もありでした

幻夜斎は源与斎!?

http://slicer93.real-sound.net/0-ij-space-8174.html

「甲州に小笠原源与斎という軍配者(軍陣の配置・進退の指揮を 教える者)がいた。その者は様々の奇特(霊験)をあらわしたものだ。 風呂に入って戸を押さえさせている間に人に気づかれないように 外に出たり、あるいは夜の会合に、座席の向かいに山林があると、 向いの山林に火を幾度もたてて、これ見よと言い、しかも人が注文 する通りに火をたてるほどの者だった。

当時の軍配というのは合理的な思考だけでなく、五音という中国の 音律や雲気、鳥の飛び方なども考慮してするものなので、 そうした修行を積んだ人の中にはこうした霊験をあらわす人もいた ということなのでしょう。 」


まあ、果心居士のような幻術師でバケモノですなぁ・・・
Posted by 破地獄の種子 at 2012年10月22日 14:06
ありがとうございます。
飛ぶって、ワンクリックですよ。。。

う〜む・・・風魔・・・耳にしたことはあるが・・・知らん・・・

やはり閣下の推測通り、徳川忍者団が出てきましたね〜
一番、スルーしておきたかったのに^^;

いろいろひっかかっているのですが、まずは黙祷から・・・

松平信康公御首塚・築山御前の首塚
http://blogs.yahoo.co.jp/tomyu1999/62853838.html

西念寺 (新宿区)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E5%BF%B5%E5%AF%BA_(%E6%96%B0%E5%AE%BF%E5%8C%BA)

服部正成
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%8D%E9%83%A8%E6%AD%A3%E6%88%90

↑ ・・・これら如何?
Posted by 葛篠宮 at 2012年10月22日 15:12
う〜ん、如何なんでしょうね・・・
僕は信長の命令説には懐疑的でして・・・
ココにもあるように
http://unkar.org/r/sengoku/1196319097

「すでに指摘されてることだが、「信長の命令」説は
辻褄の合わない点や不自然な点があまりにも多い。
例えば五徳は信長に12ヶ条を訴えて、どうするつもり
だったのか?
まさか夫信康を折檻してくれということではあるまい。
殺してもらって、実家に帰るのが目的だったのか。
まさか。
通説の通りなら徳川家にとって五徳は憎んでも
あきたりない存在のはず。ところが信長の死後も
徳川家からは厚遇されている。こんなところからも通説の
怪しさが分かる。
信康自刃に至るまでの経緯をもっとも詳しく記している
「三河物語」は、家康の人質時代の苦労ぶりをかなり
誇張して記すなど、全てが真実とは言えないことは
すでに言われている。 」

信長については、浅井長政の髑髏の話や光秀への冷遇など、光秀が
謀反を起こしてもおかしくないと同情を誘うように仕立て上げられていると思ってます。家康に対しても然り・・・

僕はガチで光秀は天海だと思ってますので・・・(汗)
光秀を祀る慈眼寺で天海は慈眼大師。関ヶ原合戦図屏風の家康本陣には、鎧兜姿の「南光坊」天海は僧のはずが・・・武将。 本徳寺にある光秀の位牌の裏の謎―慶長4年(1599年)に光秀が寺の寄進者・・・等。

信康も非業の死を遂げたんでしょうが、何か匂いますねぇ・・・
Posted by 破地獄の種子 at 2012年10月22日 16:53
わたしも通説は信用していないですよ。
ふたりの首塚のある場所と、服部氏の菩提寺の関連がトリビアっだったので^^;

関口氏心
「5人の子供の名前はそれぞれ、「八・萬・太郎・義・家」が入っており、これは、氏心が自身の先祖が源八幡太郎義家であることからである。
三河国長沢村(現・愛知県豊川市)出身。関口家は今川家の分家で、代々駿河今川氏の家臣であったが、徳川家康の正室築山殿が関口氏出身であったことから、桶狭間の戦い以降の今川氏の没落にともない今川氏真との関係が悪化し、松平氏(徳川氏)に仕えるようになった」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%A2%E5%8F%A3%E6%B0%8F%E5%BF%83

↑ この記事中、猫が一回転して・・・のくだり、ニャンコ先生ですよね(知ってるかな〜、知らないだろうな〜)

フロイスが書いたとされる「日本史」・・・ノンフィクションでしょうか・・・
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%82%B9%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%8F%B2

もしかしたらフロイスは、『ラスト・サムライ』の主人公のような立場だったのかな・・・と。

「1742年、ようやくポルトガルの学士院が同書の写本を作成して本国に送付した。
1835年に司教座聖堂が焼失した際に原本は失われたと思われる。写本も各地に散逸した。」
本物かどうかも・・・怪しいし。

「1548年、16歳でイエズス会に入会した。同年、当時のインド経営の中心地であったゴアへ赴き、そこで養成を受ける。同地において日本宣教へ向かう直前のフランシスコ・ザビエルと日本人協力者ヤジロウに出会う」

フロイスの日本上陸は1563年、そして・・・

「1595年(文禄4年)に長崎に戻り、1597年(慶長2年)には『二十六聖人の殉教記録』を文筆活動の最後に残し、7月8日(旧暦5月24日)没した。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%82%B9

日本史の記録は、1549年〜1593年まで
関ヶ原は1600年10月21日

家康が徳川を名乗り始めたのが、1567年。
本能寺の変は1582年

なぜか公式記録を無効化させるために、徳川家の創設や、関ヶ原を起こした気がするのだけど・・・

妄想ですが、徳川というより武田なのでは・・・?という気がしています。


あ、それと、
「今や神父アイは自らファラオとなり、エジプト疲弊の元凶となっているイスラエルと、あくまでアテン信仰を捨てない王族神官たちの国外追放を決意した・・・」
http://michi01.com/tendoh/354isl26720215.html

・・・なんとアロンとモーセを・・・かなりイスラエルを辛辣に表現しています・・・
Posted by 葛篠宮 at 2012年10月22日 23:37
>公式記録を無効化させるために、徳川家の創設や、関ヶ原を起こした

う〜む、ナルホド分かるような気がします。面白いですね!

モーセをラムセス、アロンをホルエムヘブ!?(驚)
Posted by 破地獄の種子 at 2012年10月23日 01:27
国外追放された賎民から神の選民へ・・・

「いわゆるモーセ五書と総称されているユダヤ伝承が纏められたのはカナンからさらに強制連行されたバビロンにおいてであった。彼らを強制連行した新バビロニアはやがて滅び、すぐにもカナンに戻してもらえるだろうと楽観論を吹聴する多くの預言者たちの中で、エレミアとエゼキエルだけが戒めの言葉を説きつづけた。そのエレミアが民族の伝承を捻曲げた書記たちを糾弾している。

 どうしてお前たちは言えようか、「我々は賢者と言われる者で、主の律法を持っている」と。
 まことに見よ、書記が偽る筆をもって書き、それを偽りとしたのだ。

 かくて国外追放された賎民たちが、「神の選民」となったのだった。」
http://michi01.com/tendoh/354isl26720215.html


そういう民の末裔を称する日本人・・・不思議ですね。
たとえ悪神とのそしりを受けようが、わたしはわたしの神を愛します。


『あなた方はわたしの証人である。
すなわち、わたしが選んだわたしの僕である。
それはあなた方が知って、わたしに信仰を抱くためであり、わたしがおなじ者であることを理解するためである。
わたしの前に形作られた神はなく、わたしの後にもやはりいなかった。
わたしがーわたしがエホバであり、わたしのほかに救う者はいない。』


『遺伝子は46億年の夢を見る』・・・神という夢を。
Posted by 涅槃寂静 at 2012年10月23日 10:23
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