2012年10月17日

輪廻転生とカルマの法則の真相

獣は今まで過去世や転生を一応は認めた上で、その話もしてきたが、
基本的には神仙組1のブログ説明に書いている通り、
「方便=実在ではない幻」だという認識を持っていたし、
もちろんそのことも繰り返し書いてきた。

前回書き忘れていたが、獣の目から見て、内海康満氏と同じく、
白光真広会の五井昌久氏も真我に目覚めていた人物だと分かる。

だが、両者ともに「カルマの法則」と「輪廻転生」を説き、
それを解脱する方法を説いている。
方法論は違えど、要は釈迦と同じような存在だが、
何度も言うように、転生は「幻の現象」であって真実ではないのだ。

改めて誤解のないように述べておくが、人間界・天界・
幽界(修羅・餓鬼・畜生・地獄)の六道そのものが「幻の世界」で、
それを輪廻することも当然ながら「幻の現象」であり、
輪廻を成り立たせるカルマの法則も「幻の法則」だという意味である。

オコツトは、宇宙を「有機体の妄映」だと言っている。
つまり、物質界は「幻影」だということである。
オコツトが転生を否定するのは、高次元から見た本質論であり、
獣が主張していることもそれと同じである。

前回、ジョセフ・マーフィー博士は転生を否定しているという話をした。
内容は覚えていなかったが、16年前に本を読んで記憶していた事である。
昨日その本を探して読んでみると、今の獣の見解とほぼ一致していた。

この数年間、アファメーション(自己暗示や祈り)によって、
個人的な願望を実現するマーフィー理論(ニューソート)から離れていた。
それは渇愛(タンハー)・煩悩であり、解脱から遠ざかるからだ。

しかし、ある程度はバシャールが説いていることに反しておらず、
また、転生についての話を読み直してみると、
マーフィーも真我に目覚めていたであろう人物だったことが分かった。

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◆前世の記憶は前世を体験したことになり得るか

「生まれ変わり」という問題は、
多くの人の間で論議されている最も興味深いものの一つです。
ある人々は前世を思い出すことができると主張します。

自分は古代寺院の司祭であったことがあり、どこで何年間生きていたことがある、
さらに当時何々のことがあったというようなことを驚くほど詳細に言い表します。
前世を記憶しているように思われる人々がいることは確かなことです。
彼らは、そうした記憶があるということ自体が、
実際に前世を体験したという唯一の説明になると言います。

私たちは皆、「一つの心」という大海に浸っています。
フィネアス・パークハースト・クインビー博士は
「私たちの心は大気のように混ざり合っている」と言いました。
あなたの心はあらゆる時代のあらゆる人の精神的な体験や印象を包含している、
とてつもなく大きな貯水池なのです。

ですから、透視力のある人や、その他の心霊力を備えた人が、
時間を遡って、たとえばジョージ・ワシントンが雪の上に
ひざまずいている姿を見たとしてもありえないことではありません。
しかし、だからといって、その透視者が
ワシントンの生まれ変わりであるということにはなりません。

その場合、透視者は単に、宇宙の主観的な心という映写フィルムに
記録されている特定の場面に、意識の焦点を合わせたにすぎません。
あらゆる出来事は、唯一なる宇宙の心の中に、
久遠の今として、時空を超越して共在しているのです。


オコツトの話と符合する説明だが、
輪廻肯定派の人にはこれだけでは納得できないだろう。

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◆あなたの中に存在しているあらゆる「経験」に気づきなさい

かつて生きたあらゆる人間の感覚的印象が自分の中に存在している。
という事実を十分に考えて下さい。
あなたは他人の過去の体験の振動に、たやすく波長を合わせることができ、
またその印象を自分自身の体験だと思い込むこともできるのです。
あなたの内なる生命原理は、生まれもしなければ死にもしません。

あなたの中に宿る無限の霊であり、無限の心でもあるこの生命原理は、
これまであらゆる役柄を演じ続けてきました。
あらゆる国をつくり、あらゆる場所となり、
あらゆるものを見、あらゆる事柄を経験してきました。

この事実を明晰に考え抜いて下さい。
「一つの心」が人間を通して聖書や全ての本を書き、
全ての宗教を創設したのです。
そしてその「一つの心」は、まさにあなたの中にあるのです。

これこそ、チベットやインドの超能力者と言われる人々ばかりではなく、
他の国々に住む人々の中にも、他の国に旅行などしなくても、
その地方の様子を詳しく話すことのできる人たちがいる理由なのです。
透視力のある人々にとって、そのようなことは難しいことではありません。
そうした透視力や透聴力は本来、すべての人に内在する能力なのです。


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「以前来たことがある」と感じる理由

私がかつてインドのポンディシェリーに旅行した時のことです。
着いてみると、道路の周辺で知らない所はありませんでした。
あらゆる通り、建物、市場、どれもよく見知っている所ばかりでした。
また人々の会話を耳にした時には、
「前に聞いたことのある声だ」と独り言を言ったほどでした。

潜在意識という観点からこの体験を考えてみましょう。
私がポンディシェリーに旅行しようとしていたので、
潜在意識は私の関心の的である場所に波長を合わせました。
そこで私が眠り込んで顕在意識が退いている間に、
私の潜在意識的自我がその場所を訪問したのです。
あなたはこれを超感覚旅行と呼ぶかも知れません。

しかし本来、あなたの潜在意識は時空を超越して遍在しているのです。
私の潜在意識が眠っている間、私はその地の人々と精神的に会話をし、
彼らの返事や声を聞きました。
またさらに、その心理的な旅の途上、
美しい田舎の風景などを心の目で見て回ることもできました。
旅行前の前日、あらかじめ私は素晴らしい旅行をしている様子を
心に思い描いて、眠りについていました。

私の潜在意識はこの暗示を受け入れ、その場所に波長を合わせました。
そこで私が顕在意識・客観的にその地に着いた時、
私は主観的状態(潜在意識的状態)ですでに体験したことを、
反復体験することになったのでした。
私が客観的に見聞きすることは全て、
すでに主観的に見聞きしていたことだったのです。
すでに彼らの話し声を聞いていましたし、その場所を見ていたのです。

誰であれ、自分の中に存在しないことを体験することはできません。
自分の中にないことを聞くことはできず、
自分の中にない所へ行くことはできません。
つまり、人は誰でも自分の心の中にあることだけを体験するのです。
さらに言えば、人は全てのことを体験することができます。
なぜなら唯一無限の心がすでに私たちの中に存在しているからです。

無限の心は旅行を必要としません。
何かを学んだり、何かを体験したりする必要もありません。
無限の霊は成長したり、拡大したり、契約したりする必要はないのです。
無限なるものは存在するもの全てだからです。
全てのもの、全ての出来事が、今、無限なるものの中に存在しています。
その神なる霊は生きとし生ける生命であり、全知全能なるものなのです。


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「以前から知っていた」と感じる理由

あなたは、もしかしら、ずっと知り合いだったと
思うような人に会うことがあるかもしれません。
初対面なのにそう感じる理由は、
その人の雰囲気があなた自身のものと類似しているからです。
あなた自身の中にはあらゆる調子が含まれています。
ピアノの中に数え切れないほどの音程と調子があるようなものです。
そしてあなたとは、あなたがいつも打ち鳴らしている調子なのです。

ある町を訪れると、「自分は以前ここに住んでいたことがある」
と感じることがあるものです。
その町の何もかもが自分に親しく思われるのです。
そうだとしたら、あなたは夢の中で
その場所を訪れたことがあるのかもしれません。
ただ夢のことはすっかり忘れているだけなのです。

しかしあなたの潜在意識(心霊的な心)は何一つ忘れることがありません。
あなたの一切の経験が、その中に確実に記録され、保存されているのです。
あなたの経験とは、あなたの中に常に存在していたもの、
すでに知っていた事柄に目覚めつつある状態にほかなりません。

神、すなわち生命原理が常にあなた自身の中に存在していること、
そこの神なる存在があらゆる被造物を造ったということを忘れないで下さい。
あなたが、自分を形作っている神の存在について認識を深めるならば、
全世界とそこに存在する総ての被造物、さらに人類のあらゆる経験が、
自分の心の中に存在していることを理解できるでしょう。


マーフィーの話が「集合的無意識」の概念であることは分かると思うが、
ここまでの話はオコツトの説明と基本的には同じである。
それだけならマーフィーの話を紹介することはないが、
自我(分離意識)や観念を捨てて、続きを読んでみて頂きたい。

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◆信念・思考・感情が「あなた」という人間を作っている。

あなたは、かつてこの地上に起こったことを何でも思い出すことができます。
また、祈りによって変えられない限り、将来起こることも予見できます。
その理由は、あなた自身の意識や認識とはあなたの中にある
「在りて在るもの」(I AM-ness)すなわち神だからです。

神は総てを創造し、総てを知っています。
聖書に神の名が「在りて在るもの」(I AM)として出てきます。
この呼称は純一なるもの、生命、霊、知性、実在、
純粋なる認識などを意味しています。

この神があなたの中に住んでいます。
あなたが「私は――――である」(I AM)と言う時、実は、
自分の内にこの総てなる神が実在していることを宣言しているのです。
したがって、さらに深く考察を進めるならば、かつて生きた人々、
現在生きている人々、将来生まれる人々全員が、
あなたの内なる無限の霊、無限の心の顕現にほかならない、
ということを認識することができます。

仏陀、イエス、モーセ、ソクラテス、リンカーン、シェイクスピア、
その他誰であれ、あなた自身に内在する生命原理の顕現なのです。
あなたの霊なる実在が、あらゆる役柄を演じてきました。
その無限の霊は、あらゆる場所でそれぞれの役を演じてきました。
無数の人の目を通してあらゆるものを見てきました。
無限の霊は「総て」ですから、あらゆるものがその中にあります。
宇宙全体はあなた自身の「在りて在るもの」から生じたのです。

この無限の霊が、総ての人を通じて、あらゆる聖典を書き著し、
あらゆる言語を話し、ピラミッドを建て、あらゆる本を書きました。
少しの教育しか受けていないのに、トランス状態になると、
十二、三ヶ国語を自由に話すような人が世界中に数多くいますが、
宇宙に遍在する唯一無限の霊が個人を通して働いている、
ということがその理由を説明してくれます。

顔も、形も、時間もない「唯一なるもの」が
それぞれの人として個性化しているのです。
あらゆる人は、あなた自身の延長にほかなりません。
なぜなら、ただ一つの心しか存在しないからです。
各人が個性化している条件は異なっていますが、
心はただ一つしかありません。
各個人に共通の心がただ一つあるだけです。

あなたの「生命」とは「唯一の心」であって、
分かつことのできないものなのです。
唯一の心は、私たちがさまざまに衣装を変えるように、
さまざまな個人という衣装をまとって現れます。
「人類」という言葉は「一つの生命」を表すものなのです。
唯一の生命が数多くの個人として顕現したものが「人類」です。

総ての人が共通の父、共通の先祖である唯一の生命原理を持っています。
それには多くの呼称があり、たとえば、アラー、ブラフマー、実在、
大生命、普遍意識、宇宙意識、全能なる活霊などと呼ばれています。

聖書は、地上に顕現する以前のあなたの居場所について、
次のように言及しています。

「あなたは神の園エデンにあって、もろもろの宝石が覆っていた」
(エゼキエル書)

エデンとは、霊的に見ると、限りない恵み、筆舌に尽くしがたい美、
絶対的な平和に溢れた場所、すなわち神を意味しています。
あなたは無限なるものである神から生まれ出てきました。
あなたは神のもとで満ち溢れた喜び、限りない慈しみ、
この上もない調和と完全さを享受していました。
神のこうした性質が、あなたを覆う宝石として表現されています。

あなたとは、絶対的な完全性の中に生きている神そのものだったのです。
あなたの父母が交わって受胎した結果、神の霊が入り、
両親の遺伝形質や気質や心の雰囲気などによって条件づけられました。
誕生したあなたとは、子供の形をとって現れた神なのです。

「ヨハネによる福音書」には「アブラハムの前から私はある」
(Before Abraham was, I AM)とあります。
私たちはこの世に顕現する以前に、全能の霊である
「在りて在るもの」(I AM)の中にいたのです。
子供の誕生とは、無限なる霊が子供の形をとって顕現することです。

ジョンとかメアリーというような個人とは、
それぞれの信念、思考、感情の総体にほかなりません。
私たちは唯一の霊を、信念、印象、条件などで色付けして型取るのです。

たとえば、ニューヨークに住んでいたジョンが死んだとしても、
ジョンのものであった個性は、世界中のあらゆる存在の中で生き続けます。
今、地球上のどこかで男女の交接あれば、ジョン固有の振動、音調、
性質がそこに宿って受胎することになります。
その受胎は中国や日本やその他の場所でも起こり得ます。


こうして無限なるものが固有の性質を帯びて顕現してくるのです。
ただし、その個人は私たちが知っているジョンその人ではありません。
その個人は、かつてジョンとして顕現していた
無限なるもののある音調が再現したものなのです。
ジョンの死と同時に、その振動が他の国や民族の中の一人として再現します。

この法則は、五百年、千年の周期を経て再現するものではありません。
生命の原理には時間など存在しないのです。
あらゆる音調はすでにピアノの中に潜在しています。


人間とは、量り手です。

「あなたが量るそのはかりで、自分にも量り与えられるだろう」
(マタイによる福音書)

「人は自分のまいたものを刈り取ることになる」
(ガラテア人への手紙)

あなたは心に種をまき、その実を収穫していますが、
その実はまかれた種に正確に相応したものなのです。
あなた自身についてであれ、他の誰かについてであれ、
過去世に犯した罪の為に現在苦しんでいるのだ、
と信じるようなことは絶対に間違っています。
そのように信じている限り、苦しみは消えないからです。
あなたの信じる通りにあなたに成されます。

あなたには父親がいました。
その父親にもまた父親がいました。
さらにその父親にも父親がいました。
同じようにどんどんさかのぼってゆくならば、
あなたは全人類の遺伝的記録や体験が自分の中に存在する、
ということを理解することができます。

あなたが自分の先祖をどこまでもたどっていけば、
最終的には原始的な細胞に行き着きます。
そこに私たちの起源があります。
また、その原初細胞は、地上のあらゆる生命の本源であり、
父である神に起因するものでした。

したがって、私たちすべての人間は密接な関係にあります。
実際、私たちは唯一共通の父を持つ兄弟姉妹なのです。
私たちはこうした事実を、真理の洞察、
心霊的知覚によって正しく推論することが出ます。


アンダーラインの部分は特に重要なので読み直して頂きたい。

もりけん氏は「輪廻」の布教活動で躍進中だが……
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政木和三氏は、脳波がシータ波の時に幾多の過去世を思い出したという。
モンロー研のヘミシンクで過去世を思い出した人、過去世に行った人も、
脳波がシータ波の状態の時である。
釈迦が無数の過去世を思い出したのも瞑想時、即ちシータ波の時である。

釈迦はあらゆる人々のあらゆる過去世を見たと言われているが、
それは集合的無意識ですべて繋がっていることを示唆している。
つまり、高い次元から見ると個人的な過去世は本質的にはなく、
輪廻もあるように見えて実在ではないということになる。

だが、政木氏は「フーチパターン」という磁石の振り子で、
人間性を測定する原理を発明して6万人を測定した結果、
本能を支配する「第一生命体」が母胎に宿ることで妊娠し、
10歳位で人格を形成する「第二生命体」が宿ることを突き止めている。

そう考えると、転生は一種の憑依現象であり、現象としては存在するが、
オコツトやマーフィーが説くように、本質的に見ると全く見当違いなのだ。

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以前、「4次元世界の謎A」で次のような記事を書いた。

オコツトによると「人体はマクロコスモス(大宇宙)」で、
「宇宙はミクロコスモス(小宇宙)」だという。
外側の世界(3次元)が投影である以上、理解はできる。

体外離脱とインナートリップを繰り返していると分かってくるが、
肉体の内側に大宇宙(原因の世界=霊界)が存在する。
もりけん氏も、高次元の存在から「本当の外側は内側にある」と教えられ、
オコツトも同じようなことを言っているので間違いないと思う。

だが、肉体が消滅したら大宇宙(霊界)が消滅することになる。
また、人が死ぬと体外離脱をして霊界に逝くではないか、
やはり外側の宇宙が「実在の世界=霊界」ではないのかという疑問がある。

もっと鋭い質問をすれば、4次元の中に3次元があるなら、
3次元の外側が4次元の世界ではないのか……。
肉体の内側に4次元以上の世界を求めるのは、
物理的に間違っているのではないか……。

それについては、獣もよく分からない(笑)
1つ言えることは、これは理論的な話になるが、
肉体を持つ人間は自分以外にも存在するわけで、
それが大宇宙(霊界)なのだ。

つまり、死んで霊界に逝くということは、
自分の肉体の死と同時に他者の肉体に入り込むということである。
これは文字通り「憑依」という現象の場合もあるだろうが、
本質的には他者の肉体が「霊界」だと考えられる。
誰の肉体の中に入り込むのか……という問題ではない。

自我では認識できないことだが、
3次元では人それぞれ異なる宇宙に住んでいる。
だが、原因の世界である内宇宙(霊界)は人類共通であり、
人類が70億人いても内なる大宇宙は1つである。
それが、死後の世界の所在地なのだと思っている。


これは、マーフィーが説いていることと一致している。
そして、この理解は意識の拡大(意識進化)に繋がり、
「カルマ」の概念を大きく変えることになる。

極論言えば、転生についての正しい認識が、
意識進化〜アセンションを大きく左右すると言っても過言ではない。
もう少し続きがあるが、長くなるので次回に譲ることにしよう。
posted by ZERO at 19:24| Comment(1) | 精神世界・心理学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
参考にどうぞ(笑)
http://ameblo.jp/masato356/entry-11183272353.html#main
我々が今見ている、体験しているこの世界は
我々自身の高次存在が投射したマトリクス世界です。

一種のプリズムに似た装置で魂を数百数千に
分解し宇宙創造の実験を繰り返すのです。
長期に渡る試行錯誤の結果、実験者である私自身が死亡
した後もマトリクスの創造は続けられているのでした。

https://twitter.com/Lulu__19さんの情報です。^^
Posted by 総裁越楠 at 2012年10月18日 11:04
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