2012年10月19日

輪廻転生とカルマの法則の真相B

マーフィーの「転生論」の続きを紹介したいと思う。

◆あなたは思い通りに自分を変えることができる!

カルマ(業)とは、ヒンドゥー教や仏教の教説によれば、
この世並びに輪廻転生の生涯における行為が原因となって
生じた不可避的な結果の現れであるとされています。
前世の行為の善悪に応じて、現世で良い報いを受けたり、
罰を受けたりする、宇宙の原理であると説明されています。

聖書には「人は自分のまいたものを刈り取ることになる」とあります。
あなたは過去の行為の犠牲者ではありません。
なぜなら、あなたは現在の考えを変えることができるからです。
あなたの未来とは、あなたの現在確信している考えが、
形となって顕現するものにほかなりません。

神、すなわちあなたの内に生きているこの霊には、
時間や空間は存在しません。
したがって今、この瞬間の考えが、あなたの運命そのものなのです。
新しい始まりは新しい終わりです。
あなたが科学的に祈る時には、時空の事を考えに入れてはなりません。

殺人者、泥棒、悪名高い人間と呼ばれているような人たちでも、
もしも彼らが心底から欲するならば、
一瞬にして全く新しい人間に生まれ変わることができます。
神の愛と平和に対する熱烈な欲求が生じて、
真に意識が高揚するならば、その時、古き人は死に、
新しき人に生まれ変わっているのです。



「今、この瞬間の考えが、あなたの運命そのものなのです」
これは凄く良い言葉、良い認識だと思う。

祈る時には時空の事を考えに入れてはならないとのことだが、
これは、もりけん氏が言う時空(宇宙の意)ではなく、
時間や空間の観念を捨てなければならないという意味である。

また、極悪人でも改心すれば一瞬で全く新しい人間に生まれ変わる
とのことだが、理屈では可能ではあるが、実際には難しいことだ。
心底から改心しても、すぐに元に戻ってしまうのが人間である。

獣は今まで何回も何十回もそんなことを繰り返してきたが、
内観によってしか人間は本当に改心することができないようだ。

内観にも種類があり、マーフィーが教えていることも内観である。
内なる神、すなわち実相完全円満な自己を想う祈りであり、
生長の家の「神想観」という行法と同類のメソッドである。

だが、それで本当に改心できた人、意識レベルが高くなった人、
真我に目覚めたような人に出会ったことがない……。
それは根本的に信仰の目的・姿勢などが間違っているからであり、
また、神に通じる祈りのテクニックを知らないからだと言える。

それはともかくとして、次の話に移ろう。

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心の法則――今、すべての力が解き放たれる!

さて、科学的思考者にとって、「転生」という、
東西両洋の思考者の首に掛かっていた重荷を、
さっぱりと処理するべき時が来たように思われます。

「転生」という理論は、いわゆる改善論に基づいています。
すなわち、人間はさまざまな感情や肉体という、
異なった外衣をまとったり、脱いだりしながら、
徐々に改善されていくものである、という見解です。

確かに一人の人間は、異なる母の胎内を通って、
千回でも生まれ出てくることができるかもしれません。


しかしながら、魂の成長や啓発は、時空を超越した無限なるもの――
久遠の今のうちにあらゆる良きものを備えた無限の存在――
に心の波長を合わせることによって変容する時に起こるのです。
私たちは聖句の次の見解をとるべきです。

「あなた方は、心を新たにすることによって変えられるのである」

私たちは、東洋で生まれ、広まり、不朽化した、
誤った民族的教条や信条に盲従すべきではありません。
アインシュタインは時空という誤った神々を打ち倒しました。

今日私たちは精神と物質が同一のものであることを知っています。
科学的で精神的な考えの持ち主は、
転生という問題を全く新しい観点から検討します。
彼らは「山で示された型」(ヘブライ人への手紙)通りに人を理解します。
すなわち、人間は神と一体であるという原点に立って物事を考えるのです。

私たちは、正しく成長する為には何度でも生まれ変わらなければならない、
という誤った夢想の上に人生観を打ち立てる事をやめなければなりません。
東西を問わず、何百万の人々が、業や転生といったプロクラスティーズの
ベッドに横たえられて、神我一体という本来の実相を歪められてきました。

※プロクラスティーズはギリシャの強盗で、捕えた旅人を鉄の寝台に寝かせ、
寝台の長さに合わせて、長い者は足を切り、短い者は引き伸ばしたという。
ここでは、道理に適わない強引な理論の意味。


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「確かに一人の人間は、異なる母の胎内を通って、
千回でも生まれ出てくることができるかもしれません」

これが輪廻でなくて何であろうか……(笑)

バシャールは次のように言っている。

簡単にいえば、皆さんが肉体を持った人生の中で
輪廻転生を信じる、信じないに関わらず、
皆さんは今まで何回も輪廻転生を繰り返してきましたし、
これからも繰り返していきます。
これは、皆さんの高次意識、そして非物理的意識の中のひとつの
「知っている状態」からくる特性なのです。
非物理次元に対応して創られた、物理次元の構造の一部なのです。


結局、輪廻はあるのかないのか、と思うかも知れないが、
バシャールが教える輪廻は一般通念のそれと異なることは、
前回の記事でお分かり頂けたはずである。

また、バシャールも、マーフィーと同じような事を述べている。

このさまざまな(輪廻転生の)エネルギーは、
いまこの地球上に全体的に存在しているだけではなく、
みなさん一人ひとりの中にもそれぞれすべて存在しているのです。


意識進化は神と波長を合わせることによって可能だが、
内観によって潜在意識を浄化することによって、
自然に高次元と波長が合うようになるのが基本であり、
釈迦が説いたのはその方法であり、
神仏に祈るような信仰は一切説かなかった。

獣は基本的には自力の内観を説いているが、
それと同時に、親鸞の「他力本願」も説いている。
マーフィーの教えはキリスト教に基づいているが、
それは親鸞が説いた「他力本願」と同じ原理である。

また、太陽瞑想・満月瞑想・地球瞑想なども、
同じ原理で自己を浄化する「他力本願」メソッドだが、
究極的に言えばそれも全て「自力」ということになる。

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私たちは、私たち自身の内にある、あらゆる生命の宝を活用すべく
招かれた神の客であって、転生という時空の助けを借りて
つくり変えられなければならないようなものではないのです。

あなたが転生という、無限に続く肉体の生まれ変わりを信じるなら、
あなたは安全な場所から迷い出すことになり、
束縛の多い奴隷の身分に転落することになります。
なぜなら、信じる通りのことがあなたに起こるからです。

私たちは、それがどんなに東洋の祭壇の上で長い間尊ばれてきた思想であれ、
人間についてのあらゆる誤った信念と制限された伝統的見解に
隷属することを拒否して、奴隷解放宣言をしなくてはなりません。
神の愛と癒しの力が今即座に効を現すという確信と真実の信仰をもって、
業に関する誤った考えを心から追放し、心を浄化しましょう。

そして、英知と真理と美の処女地へと急ぎましょう。
私たちの歩みを、改善論という単なる蜃気楼によって
妨害させておくには及びません。
全ての無価値な概念は、
霊的無知という地獄の辺土に消え去らなければなりません。

なかでも、この転生という考えこそいち早く消え去るべきものなのです。
この自縛的な考えの為に、長い間人類の進歩が妨げられてきたからです。
イエスは言いました。
「神の国は、見られる形で来るものではない。
また『見よ、ここにある』『あそこにある』などとも言えない」

生命、愛、真理、美に溢れた王国、あらゆる力が満ち溢れた神の王国は、
今、あなた自身の内にあるのです。
彼は、今この瞬間がいかに重要であるかを強調して次のように言っています。

「見よ、今は恵みの時」(コリント人への第二の手紙)
「(今)すでに叶えられたと信じなさい。
 そうすれば、その通りになるであろう」(マルコによる福音書)
「アブラハムの生まれる前から私はある」(ヨハネによる福音書)

彼は東西に伝わる誤った信念に盲従する人々の救いに関して言及した時、
神なる生命の次元には、物理的な時空間というものは存在せず、
ただ永遠の今があるだけであるという見地に立って話していました。

肉体的に、心理的に自らを閉じ込めることになった
誤った信念の牢獄から、自らを開放しなさい。
神の子らは、光、愛、真理、美といった暁の星々の下で、
喜びを刈り取らなければなりません。
これらの星々は、今、あなたの心の中の大空で光を放っているのです。

業、すなわち自らまいたものを刈り取るという法則がある以上、
あなたが神の真理について瞑想したり祈ったりしない限り、
悪い状態は情け容赦のない事実として現れてきます。

しかしながら、ひとたびあなたが神の真理に目を向けて
祈りはじめるならば、あなたは業輪を超脱することができ、
過去の誤りに起因する喜ばしくない結果を一掃する事ができるのです。

それが、たとえどのような恐ろしい罪であったにしろ、
たとえば殺人や、その他どんなにおぞましい犯罪であったにしろ、
神の愛と真理に立ち返るや否や、あなたの咎は、
それに伴うべき罰と共に、あなたの心から消え去ってしまうはずです。

とはいえ、もちろん、いいかげんな気持ちの祈りで
事態を改善できるわけではありません。
否定的で破壊的な考えがもたらす罰を除去するには、
神の愛と慈悲に対する渇望と、自分を真に改善したい、
という強い欲求が心の根底になくてはなりません。

神の愛は、私たちのあらゆる理解を超えて、
私たちの進むべき道を照らしてくれます。
神の不思議と恵みは尽きることがありません。
あなたの生命の旅は、常に進歩し、上昇し、神に向かっています。
あなたは栄光から栄光へ、父なる神の数多い住まいを、
一つ、また一つと旅してゆくのです。

生命の本質は進展です。
あなたは終わりのない旅の途上にあるのです。
唯一なるもの、美にして善なる神のもとに帰り行く旅路を、
喜び、楽しみなさい。
私たちの帰るべきところはそこ以外にありません。
私たちは永遠に、神と共に、神のもとに帰り続けるのです。


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ニューソートはキリスト教系なので、
東洋思想の輪廻を否定しているようにも思えるが、
古代エジプトにも輪廻思想があった通り、
『旧約聖書』も輪廻について書かれていたという説がある。

イエスの時代にしても、イエスはインドで仏教を学んだ後、
ヒマラヤで修業を積んだが、ヒマラヤ秘教にも輪廻思想がある。

イエスは「あなた方はみな再び生まれなければならない」と言ったが、
これは「真我に目覚めよ」という意味である。

また、イエスは次のように語っている。

「再び生まれてはならない、天の住者になりなさい」

これは、明らかに輪廻の解脱を説いた言葉である。
だが、六道輪廻は幻影であり、釈迦と同じく、
その幻影から解脱することを説いたのであろう。

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マーフィーの話もよく理解できる。
確かに、マーフィーの言う通りだと獣は思う。
マーフィーの転生論は、高度な意識レベルからの認識である。

その証拠に、「確かに一人の人間は、異なる母の胎内を通って、
千回でも生まれ出てくることができない」と言っている通り、
そのような現象は有り得ると認めつつも、
「それは本質ではない」ということを主張しているのだ。

要するに、その認識が重要なのである。
本当に認識する為には真我に目覚める必要があるが、
真我に目覚める(輪廻を解脱する)為には、
輪廻思想に信念を持ったり囚われたりしてはいけないのだ。

もちろん、輪廻を信じなければ解脱できるということではない。
輪廻を信じていない多くの人々が輪廻を繰り返しているのである。
それを自覚する為には、輪廻の概念も必要な場合もあるだろう。
だから、釈迦も輪廻を否定するということはしなかった。

そもそも人間は、ある時は修羅、ある時は餓鬼、ある時は畜生、
ある時は地獄、ある時は天人、というように、
生きながらにして想念は六道輪廻を繰り返しているのである。
六道か八道か十道か知らないが……(笑)

そのコロコロと変わる想念界から解脱して、
生きながらにして涅槃に入ることが真我の覚醒であり、
5次元意識への到達なのだ。

その為には、「輪廻は本質的に存在しない」

という認識を持つことも必要だと思われる。

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輪廻の解脱、即ち、5次元世界への帰還は、
人間界に生きている間にしか出来ない事である。
出来ない事はないかも知れないが、
肉体を失ってからでは非常に難しいことのようである。

いずれにしても、あらゆる観念を捨てて、
神や霊魂など存在しないという立場で内観を始める以上、
輪廻も信じないというスタンスでいた方が良いかもしれない。

少なくとも、輪廻転生は「幻の現象」であって、
本質的事実ではないのである。
獣自身、輪廻が幻であることは以前から感じていた事だが、
今回の記事を書きながら改めて確信が深まりつつある。
posted by ZERO at 06:37| Comment(2) | 精神世界・心理学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
時間が足りなくて、アトラスの事も忘れていましたが、そういうことなんですね♪
Posted by oriel at 2012年10月19日 16:33
以前、記事で書いたことがあるのですが、
去年の2月のイベントにもアトラスの出展ブースがあり、
その前を通り掛かるとおっさんが話しかけてきて、
「ユニークな人生歩んでますね〜」と言われたので、
一度観てもらいたいと思いながら1年8ヶ月経過しました(笑)
Posted by 獣 at 2012年10月21日 11:07
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