2012年11月05日

アセンションの準備@

「今の人民 九分九厘は幽界とのつながりをもつ」
と『日月神示』に示されていることは理解できると思う。

フォースでは、恥、罪悪感、悲しみ、恐怖、欲望、怒り、
プライドなどが挙げられているが、その他、心配、不安、
嫉妬、怨恨、後悔、イライラなどのネガティブな感情に
囚われている意識状態を幽霊や悪霊と呼ぶ。

それらの幽界や魔界の想念は、
自己の本質を知らない迷える者にだけ存在する感情である。
真我(神意識)に目覚めれば、
ネガティブな感情や想念は持ち得ないようになる。
だが、そのような人は現時点では0.1%もいないようだ。

真我覚醒(悟り)の意識レベルは700〜1000だが、
そこまで到達しなくても潜在意識を浄化していけば、
「250 中立」に到達することは難しいことではない。

この領域に入れば、中立の視点で正見ができるようになるので、
内観の成果が上がるスピードも加速していくことになる。

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『日月神示』には次のように示されている。

「大峠となりてからでは、いくら改心しますと申しても、
許してくれと申しても、許すことはできん」

「大峠の最中になったら、キリキリ舞いして、
助けてくれと押し寄せるなれど、その時では間に合わん。
逆立ちしてお詫びに来てもどうすることも出来ん。
皆 己の心であるからぞ、今の内に改心結構」


また、「子の年真ん中にして前後十年が正念場」と示されている。

それについて、世間では様々な解釈がなされているが、
子の年を2008年とすれば、2003年〜2012年までが正念場という事になる。
2012年を「ミロクの世元年」とする『日月神示』に従うなら、
今年の冬至までが正念場だということになる。
http://mujaki666.seesaa.net/article/125404458.html

今年の冬至からパラレルワールドへの分化が始まり、
「進化」か「破滅」か自分の方向性が決定されてくる。
従って、冬至までにいかにフォースの領域を脱出するか、
またはそのネガティブな想念界をどれだけ浄化できるか……
ということが、目下の緊急テーマであることが実感できるはずだ。

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その為に最も有効なメソッドが「ネオデジタル内観」で、
お金も掛からず、日常生活の中で自分のペースで実践できる
「真我覚醒プログラム」である。

少し難しいという意見もあるが、決して難しいものではない。
内観の歴史は古く、少なくとも古代インドで『ヴェーダ聖典』が
編纂される以前から行なわれていた瞑想法である。

一般的にそのような説明はされていないが、
ヴェーダの奥義書(ウパニシャッド)で説かれる宇宙観や真理は、
全て内観(瞑想)によってしか得られない悟りだからである。

学派によって思想は異なり、説かれている内容も全く異なるが、
獣は全ての学派の思想を大筋で理解しており、
それぞれが真理の一面であるということが分かっている。
別に自慢などではなく、内観をすれば分かるようになり、
内観をしなければ分かりようのないことである。

内なる世界は「大宇宙」であり、「真我」には深奥の次元がある。
故に、内観は奥が深く、魂の意識に目覚めてからがスタートで、
それはもはや一般的な内観法ではなく、
天人合一に至る宇宙瞑想のようなものである。

ハッキリ言って、そこまで到達するのは並大抵ではなく、
断食と瞑想の生活を続けなければ不可能なことである。
少なくとも、今までの時代はそうだったし、
獣は世俗に生きながら隠遁生活をして断食瞑想の日々を送って来た。

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『ヴェーダ聖典』が編纂されてから、しばらくして釈迦が誕生し、
様々な瞑想法(サマタ瞑想)を実践して試してきた末に、
「ヴィパッサナー瞑想」という独自の内観法を編み出し、
それによって釈迦は解脱して深い悟りを開くことに成功した。

もちろん、釈迦の悟りが最も偉大だといういうことはなく、
釈迦の教えも「ウパニシャッド」で既に説かれている一部である。
そして、釈迦が自ら確立して悟った方法論(内観法)も、
解脱の方法の1つに過ぎないのだが、特に合理的だと評されている。

それは上座部仏教(テーラワーダ仏教)に受け継がれているが、
大乗仏教でも天台宗が「止観」という名前で受け継いでいる。
仏教の瞑想と言うと、一般的には「禅」をイメージする人が多いと思うが、
禅宗も大乗仏教の一派で、釈迦も禅定によって悟りを開いたと言われている。

だが、禅宗の開祖と呼ばれる達磨大師は9年間も座禅を組み続け、
手足が腐っても尚、悟りが開けなかったという逸話がある。
つまり、シータ波状態になるのは容易ではなく、
シータ波になったとしても悟りが開けるわけではないということだ。

禅は無我の境地を目的としたサマタ瞑想(止行)である。
釈迦は、そこから観をへて悟りに至ったとされており、
あくまで止行の延長上に観があるということである。

即ち、サマタ瞑想+ヴィパッサナー瞑想=「止観」なのだが、
止観というものが広く伝えられていないのが残念である。
天台宗の僧侶でさえ実践している者は殆ど存在しないのだろう。

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それとは別に、日本では独自に「内観法」というものが確立されたが、
その前身は、親鸞の浄土真宗系の団体に伝わる自己反省法「身調べ」である。
「身調べ」は断食・断眠・断水という厳しい条件の下で自分の行為を振り返り、
地獄行きの種が多いか、極楽行きの種が多いかを調べるというものだった。

自分が生きてきた時代の一般的な道徳観を基準に、
自分で作り上げてきた善悪の基準をモノサシとして、
自分の過去の行為を自分で裁くというものである。

だが、宇宙法則には、人間界の道徳や倫理などは一切通用しない。
また、死後どのような世界に行くかは「行為」によって決まるわけではない。

従って、「身調べ」には何の価値もないと言いたいところだが、
人生の全ての出来事に対して反省と感謝の念が湧くようになり、
罪悪感などが大歓喜に変わり、一種の悟りのような体験をして、
阿弥陀仏の救済が確信できるようになるというものだったという。

昭和の実業家で僧侶だった吉本伊信は20歳の時に「身調べ」を体験し、
苦心の末に大歓喜を得て、「身調べ」から苦行や宗教色を取り除き、
万人向け修養法として現在の「内観法」が確立され、
矯正界・教育界・医療界へと普及したのである。

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少し余談だが、ヒストリーとして、その経緯をWikipediaから引用する。

はじめ吉本は企業経営をしながら自宅で希望者に内観をさせていたが、
1953年(昭和28年)、事業から引退し、大和郡山市に内観道場
(のちの内観研修所)を設け内観指導に専念する。
昭和30年代には教誨師となり、刑務所や少年院での内観普及に尽力し、
1960年(昭和35年)には有力な矯正手法として全国各地の矯正施設で採用される。
死刑囚ややくざの親分が改心するなど大きな効果を上げ、メディアでも取り上げられた。

また1965年(昭和40年)ごろから医学界に導入された。
福島県須賀川市の開業精神科医・石田六郎、
岡山大学精神神経科教授奥村二吉らが内観療法の先駆者である。
心療内科の草分け、九州大学教授・池見酉次郎も関心を持った。
心理学者では京都大学教授・佐藤幸治、信州大学教授・竹内硬、
東京大学教授・村瀬孝雄、大阪大学教授・三木善彦らが注目した。
また学校教育界や企業教育の世界にも広がった。
1960年代から精神医療現場に導入されるようになった。
1978年には日本内観学会が発足している。
また、国際的な評価も得られており、
2003年には国際内観療法学会も設立され現在に至っている


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■集中内観と日常内観の2つの段階に分けられる。

集中内観は研修所や病院などの静かな部屋に一週間こもり、
外界とのやり取りを制限し、自分と関わりの深い他者(特に母親が重視される)
に対して自分がどうであったかを、次の三つの観点から調べるものである。

1.してもらったこと
2.して返したこと
3.迷惑かけたこと

この3つの観点を「内観三項目」(内観三問)という。
1時間から2時間に一度、内観者のもとに面接者が訪れて面接を行う。
内観者はその時間に調べた内容を懺悔告白し、面接者はその内容を傾聴する。

自分の心を直接掘り下げるのでなく、
他者をいわば鏡として外から自分を客観視する点が特徴。
一週間の集中内観により、しばしば劇的な人生観、世界観の転換が起こり、
心身の疾患が治癒することが多い。
認知の枠組みが転換する点は認知療法と共通するものがある。

日常内観は集中内観で会得した反省の技術を生かし、
日常生活の中で毎日、一定時間、内観三項目を通して自分を調べる。
吉本はこれを非常に重視した。


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内観道場で行なわれているのは「集中内観」である。
ご覧の通り、ひたすら1人で内観するだけである。
数時間おきに面接者が訪れるそうだが、
内観者が一方的に懺悔告白するだけで、
基本的に面接者からのアドバイスなどはない。

要は、約1週間、屏風などで仕切られた狭い空間の中で、
朝から晩まで自分の人生を振り返るというものである。
それで、料金は1日あたり1万円が相場のようである。
だが、人に懺悔など告白する必要もないし、
道場などに行かなくても自宅でできることである。

で、内観道場で集中内観した人の感想を見ると、
心が軽くなったとか、ストレスが消えたというレベルの癒しで、
その癒しを求めて定期的に道場に籠もる人も少なくないようだ。

つまり、一時的に潜在意識が少し浄化される程度の成果しか出ておらず、
「解脱」「真我覚醒」などには程遠いものであることが分かる。
もちろん、1週間程度で真我に目覚めて解脱できれば誰も苦労しないが、
それでも、一時的には「幽界意識」からは抜け出せていると言える。

あとは、日常内観でその状態を維持することが重視されているのだが、
例えば、集中内観では、1日の内観時間が12時間だったとする。
無職ではない限り、普通に生活している人には無理なことである。

だが、1日15分〜30分くらいなら内観に時間を使う事は可能だと思う。
今日から内観を始めたとしても、年末頃には随分と想念界が浄化され、
来年から「新たな自分」として「ポジティブな世界」に誕生できるだろう。

まず、今ここで正念場であることを改めて自覚して、
冬至を1つの節目としてクリスマスに生まれ変わるつもりで、
真剣に内観に取り組んでいく決意をすることが必要ではないだろうか。

クリスマスはキリスト(太陽神)の誕生、
つまり、新しい自分(真我)の目覚めの日である。
それを「天の岩戸開き」というのだが、
『日月神示』は今年を「岩戸開きの年」としている。

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内観をしなければならない理由は、人生の目的が
「心のフィルターをクリアー」にする事だからである。
現在、一般的に「内観」と呼ばれているメソッドは、
身調べをルーツとする内観法をベースにアレンジされたものである。

政木和三氏とツインソウルだった高橋信次も「反省行」を最重視し、
高橋信次に師事して真我に目覚めた原久子氏が教える「内観瞑想」も
吉本内観法をルーツとしていることは間違いない。

「心の学校」や中丸薫が教える内観法なども全てそうである。
なぜ、そう言えるのかと言うと、人生を振り返って、
自分と関わりの深い他者(特に母親)に対して自分がどうあったかを、
次の3つの観点から調べることを基本としているからである。

1.してもらったこと
2.して返したこと
3.迷惑かけたこと


「心の学校」では2日間で真我に目覚めると言われているが、
実際に真我(魂の意識)に目覚めるということはないだろう。
真我(魂の意識)に目覚めるというのは、
輪廻を解脱して5次元意識に到達するということだが、
真我に目覚めたという人の殆ど全てはそのレベルではない。

心の学校で内観を受講した後も、自宅で内観を続ける必要がある。
原アカデミーの真我実現セミナーは、セミナー自体は12日間だが、
その期間は4ヶ月に渡り、自宅で内観をすることが要求される。

ヨグマタの場合は、ヨガの瞑想(サマタ瞑想)なので、
座禅と同じく、体系化された内観メソッドではない為、
真我覚醒(悟り)に時間が掛かるだろうと思われる。

事実、「石の上にも3年なので3年間は真剣に取り組んで下さい」
とか「10年後には素晴らしい変容を遂げていることでしょう」と
書かれているので、気の遠くなるような話である。

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いずれの内観や瞑想セミナーでも高額な費用が必要だが、
ネオデジタル内観の実践には一銭も必要ないのである。

高額なお金を払うからこそ実行せざるを得なくなるという人、
逆に言うと、無料の情報には高い価値を見い出せず、
ネオデジタル内観を真剣に取り組もうとしない人もいるだろう。

また、道場や会場などに行かないと実行できないという人、
道場や会場などに出かけたり滞在するのはイヤだが、
自宅ではなかなか実行できないという人もいることだろう。

重要なことは自分にヤル気があるかどうかの問題であり、
自宅でマイペースでできるに越したことはないはずである。

さて、ネオデジタル内観の「実践3」にも、吉本内観は取り入れられている。

反省のコツは「何でも全て掻き出す」という感じで記入していくことです。
日々の反省だけでなく、従来の内観法のように、
生まれてからいままでお世話になったこと、
そしてお返しはできたかどうかなどを掻き出しながら書き出します。
年齢をさかのぼって徹底的に思い出す作業が必要になります。
ただし、この作業も、一定期間特別の場所で実施するのではなく、
いつもの場所で、いままで通りの生活を続けながら実行してください。


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内観は瞑想状態で行なう必要がある為、
内観前に腹式呼吸をすることが基本である。
原アカデミーの内観瞑想でも腹式呼吸は重視されている。
その内観瞑想は、原氏のナレーションで進められていくが、
確かにナレーションがあった方が良いとう人もいるだろう。

原氏は1日体験セミナーを7000円で開催しているので、
一度そのようなセミナーに参加してもるのもお薦めだが、
心の浄化の為の第1ステップである「内観2日間セミナー」を収録した
「自宅で独習できる内観瞑想CD(2枚組)」をお薦めしたい。
http://www.haraacademy.jp/web_cart/view.php?sw=%BC%AB%C2%F0%A4%C7%C6%C8%BD%AC%A4%C7%A4%AD%A4%EB%C6%E2%B4%D1%E2%D4%C1%DB%A3%C3%A3%C4%A1%CA2%CB%E7%C1%C8%A1%CB

価格は8000円で何度も繰り返し聴けるので、
1回のセミナーを7000円で受講するよりも絶対お薦めある。
このCDを活用しながらネオデジタル内観を進めて頂ければ幸いである。



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posted by ZERO at 22:00| Comment(0) | 六六六神示 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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