2012年11月07日

宮沢賢治のベジタリアニズム

真我の覚醒、及びアセンションを迎える心構えの1つとして、
「死と向き合う」ということを何度も繰り返し述べてきたが、
内観法の吉本伊信も「死をとりつめて内観せよ」と説いていたらしく、
内観の目的は、人間の窮極の「死」を見つめることによって
真の生を生き直すことであると説かれている。

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神霊能力者の隈本確氏は、
人生の中で最も重要なのが「死の瞬間」だとしているが、
理学博士スタンレー・オオニシ著『現代科学から仏法を見る』
には、次のように書かれている。

仏教では死の瞬間を最も重視します。
それはその人の一生の総決算が行われ、
そのカルマの総決算が来世に伝えられると考えられるからです。
日蓮大聖人は「先ず臨終の事を習うて他事を習うべし」と、
死について真っ先に深く考えるべきであると、弟子に書き送っています。


仏教では殺生や肉食が戒められているが、食事改革にあたって
「家畜の死」というものについても考えてみるべきだろう。

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獣は21歳の頃に『日月神示』を読んで肉食をやめたが、
その頃に読んだ『ベジタリアン宮沢賢治』という本の影響も受けた。

一日二玄米四合ト 味噌ト少シノ野菜ヲタベ
(雨ニモマケズ)

1日に玄米4合は多すぎると思うのだが……。
獣も11月1日〜3日間、みどり玄米の7合食を始めたが、
1日1食で量は1/4合、それも3日で中断して不食に戻ってしまった。

それはともかくとして、表紙の裏には次のように書かれている。

宮沢賢治はベジタリアンだった。
地球とそこに生きるすべての生き物への愛を貫いたベジタリアンだった。
地球規模の食糧問題と、核や化学物質による汚染の時代を生き延びる為に、
賢治の生涯とその作品世界をたどり直し、
「わが友宮沢賢治」を鮮やかによみがえらせる、書き下ろし評論。


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幼少の頃、宮沢賢治と沢田研二の違いがよく分からなかったが、
最近その違いが明確になってきた……なんて事はどうでも良いとして、
部分的に抜粋してダイジェスト版で紹介していきたい。

1970年代の中頃、私はロンドンに2年間滞在したが、そのとき多数のベジタリアンとともに生活する機会をもち、肉食をやめてベジタリアンになった。
自分がそうなってみると、肉食の問題点を知るところとなり、非肉食ないし菜食が、人類の生き方にはふさわしいのだと十産するようになった。

また、歴史に名を残す多数の人物が肉食を否定した事を知り、その動機と理由つまり、彼らの菜食に対する思想と実践方法(ベジタリアニズム)を研究し出した。
以来、歴史上の人物の中の、ベジタリアンになった人々を見つけ出すのがライフワークになり、彼らの著作や作品や言動から菜食の思想を収集して、『ベジタリアンの文化史』として出版したのだった。

同書に登場したベジタリアンは、古代ギリシア・ローマ時代の文化人たち、たとえばヘシオドス、ピタゴラス、プラトンに始まり、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ルソー、シェリー、バイロン、フランクリン、ヘンリー・ソロー、ワーグナー、トルストイ、バーナード・ショウ、ガンジーなど多彩である。
しかも実在の人物だけでなく、物語の中のベジタリアン、「風の谷のナウシカ」や「フランケンシュタインの怪物」までもが、菜食賛歌のために駆り出されたのである。もちろん「よだか」も。

彼らの中にあって、ただ一人、日本を代表するベジタリアンとしてそこに私が挙げたのが、宮沢賢治だった。
彼は単にベジタリアニズムを実践しただけではなく、それを作品の中に投影している。
子供から大人までの、星の数ほど無数の読者に愛されている彼の物語の内、ベジタリアニズムがその根底となすものは大きな割合を占める。


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そして彼は、ベジタリアニズムそのものについても思考し、『ビジテりアン大祭』を著し、一家言を成している。
ベジタリアニズムの実践を、個人的な食癖にとどめず、これを仕事すなわち人生に投影していることは、それがその人の重要な課題であるからに違いない。
私が最も重視するのが、賢治のベジタリアニズムを成り立たせている思想である。
肉食をしない目的が、人間自らの肉体的健康のため、という一般的な考え方の中で、賢治のベジタリアニズムは、自分の体そして自我を超越した、他者への大きな愛情が発露となっているからだ。

先に挙げた多くの、古今東西の歴史上のベジタリアンたちのそれ同様である。
そしてその思想と実践と作品において、賢治は彼らにどうどうと比肩する。
賢治の菜食の、もともとの根拠は一体なんなのだろうか。

彼は日蓮主義法華経を信仰したが、大乗仏教という万物同類の思想によるもの、その死生観によるものというのはその通りだろう。
だが私には、そのような局部的なことには思われない。
仏教にしろヒンズー教にしろ、キリスト教にしろ他の宗教にしろ、およそ各宗教の精神と戒律には、肉食を禁じる項目が必ず含まれている。

命を尊ぶ――殺さない――動物を殺さない――その肉を食べない――非肉食――菜食という図式。
それは宗教以前に既存する、普遍的な思想すなわちベジタリアニズムであり、各宗教がそれを採用しているのである。
普遍的なベジタリアニズムは、戒律や個人の思想を超越して存する。
だかその考え方や実践の拠り所として、人は戒律や個人の言説にその動機を帰するのだ。


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ここで「初めに言葉ありき」を採用するなら、ベジタリアンという語はそれまで考えられていたように“野菜を食べる人”から直接作られたのではない。
vegetarian(ベジタリアン)はラテン語の「……に生命を与える、活気づける」という意味の言葉から変化した「活発な、力強い」という意味の形容詞vegetusを語源として、1842年のイギリスで造語されたのである。

この世界観は、動物ばかりでなく、人間も植物も鉱物も、森羅万象が「生き生きとして強く、健康で」なければならないというものだ。
それでまず、い動物の命を奪わなければできない、肉食が否定されるのである。

vegetable(野菜)はベジタリアンの語と同じく、vegetusが変遷する中ので生まれた。
つまり、ベジタブルからベジタリアンが生まれたのではなく、同源であるということなのだ。
だからベジタリアンが野菜を食べるのは理に適っているのだ。

賢治が個の語源を知っていたようには思われないのだが、ここに一つの符号の一致がある。
それは賢治が詩集『春と修羅』の中で、「俺はひとりの修羅なのだ」と言っていることだ。
修羅(阿修羅)は賢治の愛読書『漢和対照 妙法蓮華経』には非天、悪神とされている。
賢治は自分を譬えた修羅を、次のような意味に解釈している。

だが、『法華経』の注釈にあるアスラは注目に値する。
それには阿修羅は元来、「生命(asu)を与える(ra)者」の意味であるとされているのだ。
それが後に「非(a)天(sura)」となって悪神とされたという。
そして仏教では、アシュラハ仏法の守護神とされているという。


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どちらにしろここでは、偶然にしても、ベジタリアンの語源と同じ「生命を与える」がもともとの意味だということを知っておきたい。
また英語の辞書ではベジタリアンの定義の一つは、「生命を直接破壊することで得る食べ物をとらない人」となっている。
ここにも「生命を与える(奪わない事で)」という意味が含まれている。

もちろん、「生命を与える、強くする、生き生きした、健康にする」という思想や思いや行為は、言葉以前に存在していただろうか。
私たちには、動物からも人間からも地球からも、生命が生命として生きる機会を奪わない、という意味があるのではないだろうか。
もし人がそう望むなら、文字通り、「生命を与える」というベジタリアニズム、それを知らなければならないだろう。
人も動物も、植物も鉱物も、森羅万象が根本のところで繋がり、それらがお互いの命を提供し合って生きている。

したがって、それら全ての命に関する生命観と、生命が生命として生きるための手段となる。
食糧や資源の取得方法と、動物も人間も自由に生きることの権利の問題と、それに繋がる差別の問題、種や男女、貧富や職種への差別も含めて、そして生命と直結する医療と生命科学などの、あらゆる社会の問題は、私たちの生きている今この時代に、しかも日本の国内だけではなく、世界に頻発し、共通の問題となっている。
それらの事柄が、いつの時代に世界のどこに起ころうとも、それは個人の問題として済ますことはできない。

ベジタリアニズムは“生命”を基底として、それらの問題と深く繋がり、関わっている。
したがってベジタリアニズムを、一個の人間のみの利益のためとして認識し、採用する事は正しくない。
また、健康や宗教的観点ばかりでなく、倫理観や道徳観をもって世界を観ること、そして様々な意義のなる、社会的なベジタリアニズムを理解する必要がある。


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賢治は世界全体的な幸福を目指したが、その手段とした賢治自身のベジタリアニズムを、仏教の枠組みの中だけにくくってしまうのは狭窄である。
彼のそれは、宗教を超え、普遍的な倫理の天地へと拡大されているからだ。
賢治の食を果実に見立てると、種は仏教かもしれない。
が、その種の中にある核はベジタリアニズムである。
種の周りには実があるが、それは食物が生産される風土とそこに生きる人々の生活である。

賢治の提議したベジタリアニズムは、二十一世紀に通底するから、賢治のベジタリアニズムの現代性を、私たちはもっと強く認識しなければならないのだ。
食は個人的なものだから、何を食べ、食べないかは個人の選択によるものだが、多くの人々が論理的な側面のベジタリアニズムを理解し、できることなら実践して「世界全体の幸福」を追求し、実現する道具の一つとするなら喜ばしい。

食には個人の思想や哲学、美学や心理が反映される。
賢治の食もそれらの観点から、そしてまた日常的なレベルの両面からみたいと思う。
とかく神格化される賢治だが、その理由の一つが、彼の菜食見出されることがしばしばある。
けれども当時の文化的な風潮を見ると、ベジタリアニズムの実践そのものは決して特異な事ではなく、むしろ賢治の時代には一種の流行でさえあった。
そして菜食の思想と実践は、人類の歴史の始まりから存在していたのだから、ことさら“新しい”のではない。

したがって賢治の食についても、あまり特別視する必要はないだろう。
法華経は大乗仏教である。
その宗教観は、大きな乗り物で大衆を救い、彼岸(悟りの世界)へ渡る。
人類みな平等であり、生きている者すべてが仏の子である。
したがってすべての人間には「仏性」がある。

経典の中の肉食否定の戒めは次のようにある。
「安楽行品」には求法者は「猪・羊・鶏・狗・を畜い、畋猟し、漁捕する者とに近づいてはならない」。
「屠児と魁膾と、畋猟し漁捕して利のために殺害するものとに、親近するなかれ。
肉を売って自活する者たちとは懇意になることを避けよ」。
このように二回、同じ言葉遣いで書かれている。


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「譬喩品」には、鬼神の夜叉は、「他の生き物を食って満腹した時、他の生き物を食って肥満した彼らは、その家で激しい争いをする」とある。
そして最後の経典「普賢菩薩勧発品」の終わりから約二頁目には、釈迦は「屠る者、若しくは猪・羊・鶏・狗を畜う者、若しくは猟師」に親しむことは喜ばない、と諭している。

どれも、動物を食肉にするための作業をする者に近づいてはいけない、という風に間接的な表現になっている。
けれども肉食をするには、自分の手で屠らないかぎり、そのような人々と接しなければ不可能である。
また、「譬喩品」にある通り、肉を食べる者も非難されている。
すると間接ながら、法華経では肉食を禁じていると解釈される。

その他の大乗仏教の肉食に関する記述を見てみると、『楞伽経』には「禁肉食品」がある。
そこでは、「肉と葱を食い、かつ酒を飲むべきではない」、「肉は食鬼の食物であり、食べるべきものではない」「肉食に過罪があることを知らなくてはならない」とされ、真っ向から肉食を禁じている。

『梵網経』では四十八の戒律の一つに「禁肉食戒」がある。
『涅槃経』では自分の目の前で殺した動物の肉、自分の食糧として殺されたということを聞いた動物の肉、その疑いのある肉、この三種の肉を食べることをよしとしない。
この三種の肉を不浄として、そうでないものを三種浄肉としたとある。
肉食が禁じられている大乗仏教の徒が、これらの経典を尊重して、菜食または精進食をすることは自然なことだろう。

シベリア出兵に遭遇していた日本では徴兵制が敷かれていたので、当時の青年たちはその問題を抱えていた。
学生には徴兵期間が認められていたが、その一人であった賢治は早く徴兵期間を果たしたいと、徴兵検査を受けた。
その前後に彼は、「戦争に行きて人を殺すという事も殺す者も殺される者も皆等しく法性」であると考えていた。


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法性とは仏教の言葉で「一切存在の真実の本性」である。
殺すことの善悪を決定する以前に、それを現象として捉えていたのである。
とするなら、なめこと山の熊と小十郎、よだかと鷹と虫、蜘蛛やナメクジや狸、どれも皆、何を食べようとも存在することにおいて真実であり、食物連鎖となって食べる者も食べられる者も、法性であるということだろうか。

だからだろうか、賢治はこれらの作品の中で、殺す者、食べる者を一刀両断式に、“悪”として切り捨てていない。
いないけれども、自ら進んで殺さない、食べないという、もう一つの道を提案している。
それさえも不可能な時、よだかを星へ、蠍を火へ転生させ、あるいは都会の狩猟者に逆に狩猟されるという恐怖を味わわせ、毛皮の為に狩猟する者を熊に捕えさせて、反省を促す。
猟師を死なせてしまった熊たちに、祈ることで謝罪と感謝をさせる。
そして食べなければならない場合には、それをどうしてもとらなければならない時以外には、ただいたずらに、命をとらない節度と節制をわきまえるよう説いている。

賢治が初めて肉食に嫌悪を覚えたのは、彼が盛岡高等農林学校生だったとき、隣の獣医科で解体実験の解剖中、動物のもがき苦しむ声を聞いてからだという。
「私は最初から菜食主義者ではありません。何かの時に、菜食主義者の書いた物を見た事もあるし、そのことを考えてみた事もあります。
しかし、どちらかと言えば私の好みは肉食で、良く肉を食べました。けれどあの殺される時の叫び声を思うと、とてもかわいそうで食べる気にはなれません」

賢治の菜食の原動機は、殺される動物に対する憐れみとしている。
私自身も子供の頃、我が家で飼っていて遊び仲間だった鶏がつぶされ(殺され)、それがフライとなって食卓に乗った時、その鶏の破片を決して食べなかった。
そして、空腹のまま一晩中泣いていたことがあった。


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1918年、賢治は屠畜場の内側に入った。
当時の食肉処理場は現在のように機械的・工場化されていなかったから、動物の屠畜と解体は、道具を持った人間の手に委ねられていた。
解体現場にいてそれを直接見るということは、視覚的にも嗅覚的にも、生々しいものがあったのだ。

賢治は手紙の中で、その描写をしているが、彼の描写はあくまでも動物の状態の直視に留まり、解体する人間については触れていない。
このことは、賢治が肉食の存在を全く否定しているのではない事、また職業としての屠畜について非常や差別をしていないことである。

自らの手で動物を殺したのではないが、その起点としての狩りの体験と、経過点としての屠畜の見学、そして終点としての肉食、しかも家畜の肉の中でもあまり一般的でない馬の肉、それを食べるという体験から、賢治の菜食の最初の動機付けを、肉食となる動物への、純粋な憐れみとするのは正しいだろう。

しだいに賢治は、その死んだ動物を、かわいそうと同情する憐憫の情からだけみるのではなく、食べられるものとして冷静に見るようになる。
そこには食物連鎖という、生態的に避けられない運命がある。
その運命を持ったものは、人間以外の生き物である。
人間以外の生き物は、食物連鎖によって食べられ、命を奪われる宿命である。

生き物が他の命を奪うと、自分の命もまた別のものに奪われるのが食物連鎖であるなら、人間が他の生き物の食物となることは、ふつう事故以外にはない。
北極に行き、熊に襲われて食べられる、アフリカに行きライオンに襲われて食べられる、というような。
つまり、人間は食物連鎖の輪の中には入らないのだ。


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そこで賢治は物語の中で、人間が動物に食べられそうになる、あるいは捕えられたり襲撃されたり、殺されたりする結末にする。
すると入るはずのない食物連鎖の輪に、人間は少しだけ触れ、その恐怖と、そこから逃れられない生き物の悲しみを知覚するのである。
しかし人間の側から言っても、他の命を奪って食べることは「かなしい」のである。

自分の食欲を満足させる為に、他の命を奪うことの結果は、自分の命が奪われることであり、それは因果応報なのだ。
賢治の、生来的な生き物の命を尊ぶ精神がベジタリアニズムであり、それを因果応報という仏教的な命題へと転嫁させ、そして帰結しているのだ。

賢治が書いた小笠原露の手紙の下書きには、「あらゆる生物を本当の幸福に齎したいと考え」また「あらゆる生物を究竟の幸福に至らしめようとしている」のは「たとえば宇宙意志のようなもの」である、その宇宙意志の意識の段階の、最終的にあるものがあらゆる生物に幸福をもたらすのだ、という彼の考えが述べられている。

それは科学的に行くのではなく、宗教的に行くことで達成される。
ところが、「それをどう表現しそれにどう動いていったらいいか」が彼自身には分からないという。
しかし賢治は、ベジタリアニズムを実践することで、その表現と動きの一端を表現したのである。
法華経を唱え、法華経への入信を人々に勧めた賢治だからだろうか、彼が自らへする肉食禁止の決意からは、仏教的な久遠の音が響いているけれども、肉食を回避する理由としては、経典の記事を直接的に持ち出していない。

けれども、生き物、死した動物を食べないという態度は、賢治の死生観からきており、その死生観は仏教に発している。
賢治が死を考えるのは、まず「食べる」問題からである。
生を繋ぐ為に食べる。死なない為に食べる。餓死する前に食べる。
その食べ物が生き物である場合、“食べられる”その生き物の死をどう考えるのか。

賢治はそのヒントを「本性譚」に得ている。
「本生譚」は釈尊の前世に起こった様々な逸話を集めたものだが、その中の「捨身飼虎」のエピソードを、彼は作品に反映している。
それは飢えている虎や鷹が、修行そうだった前世の釈尊にその身を与えられ、彼らの飢えは救われた。
つまり、虎や鷹は、前世の釈尊によって自分たちの死を免れた、そして釈尊は釈尊になったという話である。


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貴族の娯楽である狩猟を、伯爵だったトルストイも大好きだったが、
56歳の時にやめた。
続いて放棄したのが肉食で、59歳の時だった。
さらにその後、禁酒を誓い、禁酒同盟を作った。
狩猟の禁止、非肉食、禁酒と完璧なベジタリアンの道を進んでいった
その確固とした信念が表れているのが「第一段階」である。

イギリス人の書いた『食生活の倫理学』のロシア語版に書いた序文だが、
ここで彼は“良い人生・生活”の為には節制をして道徳的になるべきである、
その方法は食事の節制、断食、肉食の放棄であり、
それは“良い人生・生活”の第一歩であるとしている。


ロシア革命と前後して、世界中に、一種のトルストイ・ブームが起こった。
多くの文学者がトルストイに影響されたが、その中の一人、
武者小路実篤はトルストイに夢中になって文学を始めた。
そのベジタリアニズムについても、武者小路は大いに関心を持ったが、
それを採用することはなかった。

「トルストイは肉食を否定する。僕は肉食しても別に心に咎められない」
けれども彼の影響で喫煙はせず、酒はほんの少々。
「菜食について一寸」では、自分は菜食論者ではないし、
肉食をすると人間が殺伐になるというトルストイの論には反対だが、
「人類が肉食しない時が来たら人類の進歩した時だ」と信じた。

彼の小説『幸福者』には菜食する師を登場させ、次のように言わせている。

「世界が真に平和になる時は、人間は今より殺生に神経質になり、
菜食主義が次第に勢力を得るだろう。
そして人間の肉を食う人間の心持を我々が察することができないように、
我らは我々が牛や豚、羊や鶏を平気で殺して食ったのを不思議に思うだろう。
こんな可愛い美しい生き物を、どうして平気で殺す事ができたのだろう。
彼らはそう思うに違いない。
その時は菜食主義が進み、もっと科学的な食物が発明された時であろう」


菜食主義が進むかどうかは、自分次第である。
最初は食欲との戦いであることは否定しない。

雨ニモマケズ 風ニモマケズ 誰ニモマケハシナイ
私自身ニモマケハシナイ
(Gargoyle)


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posted by ZERO at 21:29| Comment(0) | 食育革命と超人進化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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